ぼくの片思い

醍醐潤

ぼくの片思い

 好きです。付き合ってください、と言って、

 ごめんなさい。

 と言われてから、四日が経った。

「上手くいくと思ったんだけどなぁ」

 自分の部屋のベットに仰向けになりながら、ぼくはあの時のことを思い返した。

 

 彩音。南彩音みなみ あやね

 ぼくのクラスメートだ。出席番号は二十五番。自己紹介の時に知った誕生日は、一月の二十三日だった。

 ぼくは彩音のことを好きだと思った。理由—―優しくておっとりしている性格が良いところだけれど、最初はハッキリいって一目惚れだ。彩音を見て唐突にドキドキし、「自分は彩音に恋をしたんだ」と気付いた。


 ぼくの世界は彩音を中心に回っているといっても過言じゃない。一方的な片思いだけれど、ぼくは本気で思っていた。

「好きです。付き合ってください」

 あの時、ぼくは特に振られた時のことを考えずに、彩音に告白した。月曜日の放課後の教室。その時、ぼくと彩音は二人きりだった。

 突然、自分に向けられたプロポーズに戸惑っていたのだろう。彩音は驚きを隠せない表情でこちらを向き、一分ほど動かなかった。

 

 気まずい雰囲気が辺りを漂った。部屋の中はただ静かで、一秒、一秒を刻む壁時計の秒針の音しか聞こえてこない。

 

 ぼくは返事を待つ。


 やがて、言葉を見つけたらしく、彩音はいう。「ごめんなさい」と。

 ついさっきの出来事に思えてしまうが、これは四日前に起こった出来事なのだ。


         *


 「お前、彩音に告ったって本当か?」

 ランチタイム、弁当を食べ終わって、次の授業の準備をしていると、壮介そうすけが声を掛けてきた。


「えっ!なんで知ってるんだよ」

「お前、マジか」

 前の席が空いていたので、壮介はそこに腰を下ろすと、ぼくの方を向く。「いやぁヤバいな、マジで」

「声がでかいよ」

 わりぃわりぃ、苦笑いでいうと、壮介はぼくに質問をぶつけてきた。

「それでいつから好きだったんだよ」

「……同じクラスになって一ヵ月ぐらい経った時ぐらい、に」

 おいおい、壮介が冷やかす。「あれだな、一目惚れだな」

 声がでかいよ、壮介の肩を叩いてぼくは控えめな声を出す。壮介は話が進むと、声がでかくなる癖がある。それに教室だとどうしても周りの視線が気になる。

 

 場所を変えた。

 壮介を誘ったのは三階の図書館の読書コーナー。利用している人は全員静かに本と向き合っているので、ぼくたちの会話には興味を示さなさそうだ。

 それぞれ椅子に着席すると、早速、壮介は、続きを話せとぼくに催促した。


「それで、どうしたんだよ」

「告ろうと決めて、告った。で、振られた」

 壮介は噴出した。

「なるほど、なるほどな。それにしても可哀そうな男だな、お前は」

「それ、どういうことだよ」

「読んで字のごとくだ。半年も一途に片思いを続けながらも、二人は結ばれることはなかった、悲しいラブストーリーだぜ」


 ぼくの友達は腹が痛いのか、腹部を抑えながら、顔を赤くしてゲラゲラ笑う。相変わらず声がでかかった。


「お前、声量を落とせ。ここは図書室だ」

 すまねぇ、すまねぇ、深呼吸などで一旦冷静になると、ぼくに不思議なことをいった。「それにしても、告白した相手が、彩音で良かったな」

「良かったな、って、なんだよ」

 と、訊くと、壮介は大袈裟な咳払いをした。何か理由がありそうだ。こいつからは想像の出来なかったぐらい小さい声でぼくに語った。


「いや、実はさ、おれも、告ったことがあるんだよ、女子に」

「マジで!」

 あまりにも突然の友だちからの告白に、今度はぼくが部屋中に響く声を出してしまった。「お前、誰に告白したんだよ」

「……陽菜に」

 伊坂陽菜は、同じクラスメートで、学級委員を勤めている。

 壮介はぼくに陽菜とのことを詳細に喋った。

「放課後に陽菜とおれを含む何人かで遊んで、解散ってなったタイミングで、陽菜を呼び出して、ラブレターを渡したんだよ」


「ほぉ。で、どうなったんだ?」

「陽菜には後日、振られた。『ごめんなさい。だけど、恋人じゃなくて、友達としてならの付き合いなら良いよ』って。振られたことはショックだったけど、『友達としてなら』、ていわれたから、スゲー安堵した。だけどよ……」

 壮介の話の語尾が急に弱々しくか細くなった。不思議に感じていると、やがて壮介は続きをいった。

「裏ではさ、ボロクソにいわれてたんだよ。『マジで、無理!』とか、愚痴ってたらしい」


 女子、恐るべし。内心、ぼくは女子の陰口に引いていた。確かに陽菜は同じ部活の女の子らとつるんでいる。あのメンバーに愚痴をいったとなれば、公開処刑並みの黒歴史となるに違いない。少し壮介が可哀そうに思えた。

「だから、彩音で良かったな、という話だ」

 脱線した話を戻し、壮介はいった。「彩音はクラスでもおっとりしているし、何より悪口、いわなそうじゃん」


「まぁ、そう、だね……」

 返事はしたが、それよりも振られたことの悲しさの方が、今のぼくの頭の中にある一番の話題で、壮介の話は右から左へ流れていったと表現したほうが良い。引きずっていないつもりが、かなり引きずっていた。

 チャイムが鳴って、ぼくらは教室へ戻った。


         *


 五時間目は、歴史の授業だった。

 担当の白髪交じりの山本先生が、黒板を使い、室町時代の説明をしている。山本先生の授業は、どんなに騒々しいクラスでも必ず図書館並みに静かになる。発表が無いせいだと、ぼくは考えているが、実際、時計の秒針と黒板を書く時のチョークのコツコツ音しか響かない程静かなのだ。この時間帯の歴史の授業はかなりきつい。だが、一部の居眠り生徒を除いた全員は真剣に授業に取り組んでいる。高校生で、大学受験を来年に控えている二年生にとって、こういう授業の方が良いのかもしれない。


 将軍家足利家の解説だった。ぼくも普段はきちんとノートを取っている。しかし、つい、あの日のことをばかり考えてしまい手が止まる。ぼくはシャーペンを置いた。


 ぼくは今まで生きてきたこの十七年間、人に嫌われないように生きてきたつもりだ。仲良い関係なく明るく接してきた。

 振られてからずっと考えている—―それなのに、なんで、彩音には好かれないんだ。


 ぼく自身がいうのも図々しいが、敵を作らず歩んできた人生の持ち主ならば、人種を問わず好かれるはずだ。それなのに、彩音には振られた。

 どこかの名探偵が挑む謎よりも難しい謎は深まるばかりだった。


 山本先生は喋り続けている。ここで一度、板書を行う。それが済むといろいろな仮説を挙げてみた。

 

 まず考えたのは、彼氏説。彩音には既に両想いの人がいるのではないか。これなら、悔しいけどぼくが振られた理由として納得がいく。

 だが、彩音からそれらしい雰囲気が感じられない。「あやねっ」と、誘いに来て、二人並んで下校している姿は見ていない。それに親しい友達からもそのような情報は、聞いていない。

 彼氏がいるわけじゃないようだ。


「じゃあ、なんでだろう……」

 頬杖をつき、思考し続けた。授業とはまた別のことに集中すること二十分。突然、考えたくもなかった説に辿り着いてしまった。机がガタンっ、と鳴る。周りが一瞬、ぼくへ目線を向けたがすぐに前へ戻った。

 

 その考えに辿り着いた自分が恐ろしく感じれた。

(——彩音は、ぼくのことが好みじゃない)

 それをいわれたらおしまい、絶望って言葉がよく似合う。

 

 自然にぼくは視線の先を彩音の座る席へと向けた。ぼくの隣の列の前から二番目。前を向いて先生の話を黙々と聞いている。

(好みじゃない——)

 きっと、そうだ。ぼくを別に好きじゃないんだ。彩音から見たぼくは、クラスメートの一人に過ぎない。だから、ぼくのことはなんとも思ってはくれない。

 

 終わりのチャイムが心の底に響いた。


         *


 学校からの帰り道。ぼくはあくまでも自分自身の妄想なのに、それが彩音の本音だと勝手に思い込み、絶望感に囚われながら歩いていた。


 これからどうしよう。振られたけれど、やっぱり諦めきれない。しかし、あの日、ぼくは確実に告白を拒否され、彩音に見えない扉を築かれてしまった。その扉はとても頑丈で、ちょっとやそっとの力では開かない。


 この前は押した。開かなかった。じゃあ、今度は引いてみようか。いや、きっと気付かれもしない。


 目の前の信号が赤に変わったので、ぼくは足を止めた。

 あの言葉は、ちゃんといえたんだって記憶を作りたくていったわけじゃない。明日の強い自分でもなくて、彩音、君が欲しかったんだ。その一心だけだった。


「彩音、好きだ」


 ポツリと呟いてみた。顔を上げ、前を真っ直ぐ見た。


 ぼくの思いに偽りなんてものはない。

 今、彩音への行き場のない思いが身体中に詰め込まれてパンパンだ。苦しいぐらいに貯め込まれている。


「やっぱり、この気持ち、ちゃんと伝えたい」

 一度振った相手がまた同じことを伝えてきたら、「バカじゃないの」と思われそうだけどそれでいい。真正面から思いを告げる。


 いってやる。彩音がぼくの方を振り返るまで。来週もその次の週も、何度でも思いを伝えるんだ。


 信号が青に変わり、ぼくは前へ駆け出した。



                 了

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