第26話

26 崩壊の序曲

 本物の神が降臨した途端、観客席は水を打ったように静まり返る。

 ゴッドファーマーはその沈黙を、自分のカボチャの凄さにもう言葉も出ないのだと誤解していた。


 彼はステージの中央にある表彰台に駆け上がる。

 2位と3位は当然のごとく不在で、お山の大将のように1位の座につくと、両手を高らかに掲げた。


『作物がなくては、どんな国も成り立たねぇだ!

 だから、こんな立派なカボチャを作れる者がいちばん偉いだ!

 さぁ、崇めるだ! こんな立派なカボチャを作りし者を!』


 ゴッドファーマー的には、それはもちろん自分のことを示していた。

 しかし彼の背後には、赤ら顔の少女がご本尊のようにいる。


 その様はまるでモノマネ芸人が、後ろに本物が立っているのも気付かず、ご満悦でモノマネを披露しているかのような、滑稽な光景であった。

 跪いて祈る人々が、ついにその御名を口にする。


「「「「「「「「「「「 の……ノーフ様っ……! 」」」」」」」」」」


 「へっ?」となるゴッドファーマー。


『な……なんで、なんでその名前が出てくるだ? 揃いも揃って、なんであの田舎娘の名前が出てくるだ?』


 彼は、観客たちはずっと自分を見つめているものだと思っていた。

 しかしその羨望のまなざしは、微妙に頭上にずれていることにようやく気付く。


 『ま……まさかっ!?』と振り返る。

 そう、そのまさかであった。


 ……ご本人、登場っ……!


『なっ……!? なんだでべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!?

 なんで、なんであの田舎娘がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?』


 驚愕のあまり、表彰台から転げ落ちるゴッドファーマー。

 転がった先には、司会進行のノット・リーが。


 彼はバイキンが擬人化したような笑みで、ゴッドファーマーを見下ろしていた。


「こ、これはまさか、おめえが……!?」


 ノット・リーは、手にしていた拡声棒をオフにし、観客に声が聞こえないようにささやき返す。


「私は最新式の計測器を導入するにあたって、ご説明さしあげておりましたよねぇ。

 栄養や糖度だけでなく、不正防止の措置として『生産者』の名前が表示されることを。

 これであなたが、いかに私の話を聞いていないかがハッキリしましたねぇ」


「ぐぬっ……!? な、なんでおめぇは、オラがオールドホームの里に行くときに、そのことを教えてくれなかっただ!?」


「それはもちろん、『時が来た』からですよ。

 私はあなたを聖偉から引きずり降ろすために、ずっと不正の証拠を集めていました。

 今までは、決め手と証拠に欠けるモノばかりでしたけど……。

 国民的行事であるカボチャコンテストの不正であれば、強烈なうえに言い逃れのできないスキャンダルとなりますからねぇ……!」


「ぐっ……ぐぬぬぬぬぬぅぅぅぅ~~~~っ!」


「これもすべて、シュタイマンのおかげといえるでしょう。

 最新式の計測器の設計にあたり、彼は糖度と栄養を計測するように私にアドバイスしてくれました。

 彼はどうやら、大きさだけを競うコンテストに疑問を抱いていたようですね。

 そして彼はこうも言いました。

 新たに発見された『スキル痕』の概念により、カボチャの生産者がわかるようになったから、不正防止のために表示してみてはどうか、と……!」


「ぐっ……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 シュタイマン、シュタイマンめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 生きたまま鉄板の上に置かれた魚のように、ステージの上を転げ回るゴッドファーマー。


 それから『巨大カボチャコンテスト』のステージは、ゴッドファーマー弾劾の場と化した。


 ノット・リーがこの日のために準備しておいた、不正の証拠の数々をステージ上の水晶板に表示し、プレゼンのように告発する。

 さらに帝国のカボチ畑を襲ったゴロツキどもがステージに上げられ、彼らは証言を覆す。


『俺たちはシュタイマンに雇われたんじゃねぇ!

 ここにいるゴッドファーマー様に命令されたんだ!

 カボチャ畑をメチャクチャにして、シュタイマンに罪をなすりつける自白をしろって!』


 これらは正しいものもでっちあげられたものもあったが、もはやゴッドファーマーに弁明の余地はない。

 『巨大カボチャを盗んで出品した』という特大スキャンダルが、もはや十字架のように彼の運命を決定づけていたからだ。


 彼はずっと豪語していた。

 「巨大カボチャコンテストでいちどでも敗れるようなことがあれば、聖偉の座を退く」と。


 それで正々堂々と敗れたのであれば、民衆の援護を受けられて辞任は避けられたかもしれない。

 しかしライバルのカボチャ畑を襲ったうえに、幼気な少女のカボチャを奪って出品とあらば、もはや彼を『野菜の王様』と呼ぶ者はいなかった。


 もはや、『野菜の外道』……!


 そしてスキルフル帝国に、前代未聞の事態が巻き起こる。


 『聖偉大将軍』と『聖偉大農夫』の、ダブル辞任……!


 ゴッドブレイドとゴッドファーマーは、他の聖偉たち、そして民衆たちの満場一致でその座を引きずり降ろされてしまった。


 帝国法において、聖偉が辞任する場合、後継者は聖偉が指名できる決まりとなっている。

 その場合、聖偉はいつもナンバー2ではなく、同ジャンルの猛者であるナンバー3を指名するのが通例となっていた。


 しかし聖偉が死亡や不正などによる辞任の場合はその限りではなく、ナンバー2が繰り上げ就任することになっている。

 ということで、『聖偉大将軍』の座にはドリヨコが、『聖偉大農夫』の座にはノット・リーが就くことになった。


 これは人事制度としては正常であるが、実際は恐ろしいほどに異常なことである。


 なぜならば、ドリヨコもノット・リーも、その分野に関するスキルが全くないからだ……!


 ゴッドブレイドはスキルが万全だったときには一騎当千の働きを見せ、兵士たちの士気高揚につとめた。

 ゴッドファーマーはもともと豪農の出身だったので、農業の知識はあるし、農夫たちの気持ちも理解している。


 しかし新聖偉となったふたりには、それが全くないのだ……!


 これは例えるならば、USBも知らないのにIT大臣になるようなものである。


 しかも軍事と農業という、国の屋台骨ともえる骨が、スッカスカに……!


 もちろん部下には有能なスキル持ちがいるので、彼らがフォローに回ればなんとかならなくもない。

 しかしここは、生き馬の目を抜く帝国である。


 聖偉たちは自分の立場を守ることに必死で、部下たちはその足を引っ張るのに必死。

 いままでは聖偉側が圧倒的なスキルで黙らせていたが、それができない以上、激戦は必至。


 ということは……。


 帝国の崩壊も、必定っ……!?

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