第23話
23 とんでもない所
オールドホームに、『野菜のお姫様』であるノーフが加わった。
彼女のスキルのおかげで、山小屋は色とりどりの花と野菜に囲まれる美しい里に生まれ変わる。
そして毎日の食卓も激変する。
干し肉と草とサツマイモだけだったテーブル。
今や中心には花が生けられ、野菜がたっぷり入ったスープ、鮮やかなサラダ、ウサギの香草焼き、ハーブティーにサツマイモのタルトと、このヘルボトムでは考えられないほどの豪華料理の数々が並んでいた。
味はもちろん絶品。
ダッシュなどはハラペコの狼のように貪り食い、ティアは思わず泣き出すほど。
ガタヤスたちは野菜作りの喜びにうち震え、シュタイマンは帝国にいた頃を思い出していた。
メニューの中では甘くてホクホクのカボチャが大人気。
ノーフが育てたカボチャはカバのように大きく、いくら食べても無くならないのではないかと思えるほどであった。
そして山小屋のまわりはさらに開墾され、あたり一面が野菜畑となっていた。
ダッシュのアイデアで、山の斜面は花畑となり、外から見たら、
『オールドホームの里』
と花で大きな文字が描かれるようになった。
シュタイマンは野盗の襲来を危惧していたが、
「かまわねぇよ! 来たヤツには全員くれてやるぜ!
俺の拳と働く喜び、そしてとびっきりの野菜をな!」
そして、ついに目に止まってしまう。
ヘルボトムウエストの領主の部下が、双眼鏡でそれを最初に発見する。
そのとき領主の手元には、ノット・リーからの『カボチャ手配書』があった。
領主はすぐさまノット・リーに伝書を送る。
「カボチャを見つけました! それも、コンテストクラスの大きさの……!」
そう……!
ノット・リーがゴッドファーマーに言った『とんでもない所』というのは、オールドホームの里であったのだ……!
その知らせを受けたゴッドファーマーは、なぜヘルボトム領にカボチャがあるのかと、たいそう驚く。
しかしこれはまたとないチャンスだと思った。
ヘルボトム領はいちおう、帝国の領内ということになっている。
そこで採れたカボチャなら、帝国のカボチャとして帝王に振る舞っても問題はないだろう。
それにコンテストサイズとあれば、『巨大カボチャコンテスト』の開催も視野に入ってくる。
『野菜の王様』である彼にとっては、『野菜の女神様』が微笑んだも同然だったのだ……!
ゴッドファーマーはすぐさま立ち上がる。
「よし、今すぐヘルボトム領に行くだ!」
「えっ!? ゴッドファーマー様みずからですか!?
ご命令くだされば、このノット・リーが取りに……」
「いんや! もう誰も信じられねぇだ!
無能な部下に任せてカボチャを取り損なうことあったら、取り返しがつかねぇ!
カボチャはなんとしても、このオラが持ち帰ってみせるだ!」
ゴッドファーマーはノーフの畑に残っていたカボチャをメチャクチャにされて以来、すっかり疑心暗鬼になっていた。
右腕の部下をも『無能』と罵り、ついに自らが動き出す。
ゴッドファーマーはノット・リーに命じる。
中止予定だった『カボチャコンテスト』を開催できるように、改めて準備を進めておくようにと。
ノット・リーは一瞬だけこめかみに青筋を走らせたかけたが、すぐにシャキッと立ち直ると、
「か……かしこまりました、ゴッドファーマー様!
こんなこともあろうかと、今年のコンテストで導入予定だった、改良型の『カボチャ計測器』の開発はストップさせずに続けておりました!」
『カボチャ計測器』というのはその名のとおり、カボチャの重量とサイズを測るためのものである。
この世界における計測器というのは、メジャーや砂袋を使ったアナログなものばかりであった。
しかし『巨大カボチャコンテスト』のためだけに新開発された『カボチャ計測器』は違う。
魔力を使って動く『魔導装置』の一種で、平らな板の上にカボチャを載せるだけで、重さがミリグラム単位までわかる。
それに加えて横幅や高さなど、その他の要素までもを一瞬にして計測できるという、画期的なシロモノ。
しかもそれらの情報が、巨大な水晶板に大きな文字となって浮かび上がるため、コンテスト会場の客席の端っこからでもよく見える。
さらにランキング機能も備えており、1位になったカボチャには現代のパチスロもかくやというド派手な演出が表示されるのだ。
これはもちろん、ゴッドファーマーの偉大さをよりアピールするために作られたものである。
しかし当人はすっかり忘れていた。
「『カボチャ計測器』? ああ、そういえばそんなものもあっただな。
そんなのはどうでもいいから、これ以上ヘマをするでねぇだぞ!
んじゃ、オラはヘルボトム領にカボチャを取りに行ってくるだ!」
吐き捨てるように言ってのけ、ずんずんと執務室を出て行くゴッドファーマー。
ノット・リーはその背中を、浮かび上がった血管にまみれた顔で見送っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴッドファーマーは護衛を引きつれ、転送陣にてヘルボトムウエストへと旅立つ。
オールドホームの里は馬車が入れないので登山を強いられたのだが、田舎育ちの彼には問題とならなかった。
たどり着いた山小屋、その周囲の畑には見事な野菜たちであふれていた。
なかでもカボチャは、オレンジのダイヤモンドのように輝いている。
ゴッドファーマーは小躍りして喜んだ。
「お……おおっ! なんという見事なカボチャだべ!
これなら大きさも味も申し分ないに違いないだ!
よぉし、さっそくいただいて……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
しかし畑に一歩足を踏み入れた途端、護衛もろとも見えない大岩に弾き飛ばされたように吹っ飛ばされていた。
「い……いててて、な、なんだべ!? いったい、なにが起こったんだべ!?」
頭を押えながら起き上がると、そこには……。
金狼のような髪をなびかせる、ひとりの少年が……!
「おい、勝手に畑に入るんじゃねぇよ。
他人のシマを挨拶もなしに踏み荒らすとは、ゴロツキ以下じゃねぇか。
こりゃ、いつもよりキツいお灸をすえてやる必要がありそうだな」
少年は指切りグローブごしの指を、ポキポキと鳴らす。
「ひっ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
帝国の西の果ての山里に、ドナドナされる牛のような悲鳴が轟いていた。
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