第16話

16 ガタヤス再来

 シュタイマンとダッシュは山小屋の前でクワを振るう。

 タキシードに革ジャンと、農作業をするにはもっとも適さない格好で。


 ふたりとも最初のうちは昔を思いだし、青春を取り戻したかのような勢いで土を耕していたのだが……。

 おのおのが畑ひとつ分も耕さないうちにバテてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。こりゃ、想像以上にキツいな……。

 土をほじくり返すだなんて楽勝かと思ってたが、100人ぶちのめすよりもよっぽどハードだぜ……」


 力任せに地面につきたてたクワに、ぐったりと寄りかかるダッシュ。


「ふぅ……。わたくしもいま思い出した。

 農耕というのは普段使わない筋肉を使うので、不慣れな人間には難儀であると」


 シュタイマンは胸ポケットから取りだしたハンカチで、額の汗を拭っていた。

 彼の口から『人間』という言葉が飛び出したが、この世界ではすべての種族を総括して『人間』と呼ぶ。


「昔やったときは他にもいっぱい仲間がいたから、まだ楽だったが……。

 ふたりだけじゃ、ただの泥んこ遊びに終わっちまうぞ」


「うーむ、もっと人手がいれば……」


 ふと、麓へと続く獣道の茂みがガサガサと揺れる。

 見やると、熊のようなむくつけき男たちが次々と飛び出してきた。


「がっはっはっはっ! ガタヤス様のおでましだぁ!


 その正体は、山賊たちであった。

 リーダーのガタヤスは、手下を引きつれ出来たての畑にズカズカと踏み込んでくる。


「おい、クソガキにオッサン! この前は世話になったなぁ! 今日こそは娘をいただいていくぜ!」


 「お前、算数できねぇのか?」とダッシュ。


「ああん? なんでいま算数の話になるんだよ!?」


「この前と同じ人数で、この俺についてこれるわけねぇだろ。

 こちとら本調子なんだ。100人はいねぇとウォーミングアップにもならねぇよ」


「相変わらず威勢だけはいいな、このクソガキっ!

 この前は素手だったが、今日は武器があるんだよ!」


 じゃじゃん、とクワを一斉に構える山賊たち。


「俺たちはこう見えて、クワを使わせたら右に出るヤツはいねぇんだ!

 コイツでふたりともギッタギタに耕してやるから覚悟しな!

 なあに、娘のことなら心配いらねぇよ! この俺が立派に咲かせてやらぁ!」


 がっはっはと笑うガタヤス。


 シュタイマンとダッシュは顔を見合わせ、ニヤリと笑っていた。

 まるで、ネギを背負った鴨を見つけたかのように。


「……どこまでも、トバすぜっ!

 ワイルド・ファァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーング!!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 おなじみのセリフと、山賊たちの悲鳴が山々にこだましたのは、その直後のことであった。

 ダッシュは畑に埋もれた山賊たちを見下ろしながら、サディスティックに笑う。


「あーあ、畑をメチャクチャにしやがって……元通りにするまで返さねぇからな?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 新しい労働力が加わった山小屋の前は賑やかになった。

 いい意味ではなく、悪い意味で。


「くそっ! なんで山賊の俺たちが畑仕事なんてやらなくちゃいけねぇんだよ!」


「グダグダ言ってねぇで、さっさとやれ!

 山小屋のまわりをぜんぶ耕すまで帰さねぇからな!」


「なんだと!? この畑だけじゃなくて、まわりもぜんぶかよ!?」


「当然だろう、かけた迷惑は倍にして返すのが筋ってもんだ!」


 ブーブー文句を垂れながら、畑に向かってクワを振り下ろす山賊たち。

 ダッシュは刑吏のように彼らを働かせ、手を休める者がいたらすかさず棒で打ち据えていた。


「おらそこ、サボるんじゃねぇよ!」


「いってぇ! 犬ころみたいにボカボカ叩きやがって! ちくしょう、こんなのやってられるか!」


「なんだと、またブッ飛ばされてぇか?」


 険悪な雰囲気で睨み合うダッシュと山賊たち。

 しかしそこに、爽やかな香りが吹き抜ける。


「おじさま、おにいちゃん! 素敵なお花をたくさん見つけちゃいました!」


 森からそよ風のように戻ってきたのは、野菜を探しに出かけていたティアであった。

 両手いっぱいに花を抱えて微笑む様は、さながら妖精の姫のように美しい。


「なんだよティア。お前、野菜を探しに行ってたんじゃなかったのかよ」


 兄から突っ込まれると、ティアは「あっ」と顔を赤くした。


「す、すみません! すっかり忘れておりました!

 久しぶりにお外に出たものだから、ついうれしくって……」


 シュタイマンがすかさずフォローする。


「花壇も作るつもりであったから、ちょうどよかった。

 もうじき畑ができるから、そこに植え替えるとしよう」


「そうなのですか? よかったぁ……。

 あら? そちらの方たちは?」


 ティアと山賊たちは初対面であった。

 そして山賊たちは、ティアの美しさに見とれ、魂まで魅入られたかのように呆けている。


「ああ、この者たちは畑を耕すのを手伝いに来てくれたのだ。

 クワを使わせたら右に出る者はいないそうだから、期待できるであろう」


「まぁ、それは頼もしいですね! みなさん、よろしくお願いいたしますね!」


 花咲くようなティアの笑顔を向けられたとたん、山賊たちはネジを限界まで巻かれたオモチャのように動き出す。


「も、もちろんですとも! ティアさんのために、最高の花畑を作ってみせまさぁ!

 おい野郎ども、絶対に手を抜くなよ、いいなっ!?」


「おおーーーーっ!!」


 さっきまでのふてくされた態度はどこへやら、山賊たちは女王アリに忠誠を誓う働きアリのようにしゃかりきにクワを振るいはじめた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 山賊たちが張り切ってくれたおかげで、山小屋のまわりが次々と畑になっていく。

 敷地の半分を耕したところで、ティアがお茶を淹れてくれて休憩となった。


 山小屋のテラスに座り込んで、和気あいあいと茶を酌み交わす。

 そのときに、シュタイマンはずっと気になっていたことをガタヤスに尋ねた。


「キミたちは元々は農夫であったのだろう?」


「ああ、その通りさ。俺たちゃ昔は、スキルフル帝国のとある農村にいたんだ」


「それがなぜ、このヘルボトムに?」


 するとガタヤスは遠い目をする。

 それは、故郷を思い出すかのような表情でありつつも、深い悲しみのようなものを感じさせた。


「若い頃、俺たちの村で凶作があってなぁ。

 作物で税金を払ったら、もう俺たちの食う分がなくなって、飢え死にするくらいの不作だったんだ。

 でも帝王様は税金を免除してくださらなくて、ぜんぶ持って行こうとしたんだ

 俺たちは若かったら少々食わなくても平気だった、しかし子供や年寄りはそうはいかねぇ」


 ティアはこの時点ですでにもらい泣きしていた。


「俺のじいさんは泣きながら言ってたよ。

 『ワシが若い頃にも凶作はあったが、前の帝王様は違った。こんな時にこそ備蓄があるんだとおっしゃってくださって、税金を免除するどころか、援助までしてくださったのに』って」


 「そんなの当然じゃねぇか」とダッシュが反応する。

 ガタヤスはこの少年が、『前の帝王様』であることを知らない。


「前の凶作のときは俺はガキだったが、たらくふく飯が食えた。

 こんなにデカくなれたのは、前の帝王様のお情けがあったからだろうなぁ。

 だから俺は決意したんだ。

 新しい帝王様が頼りにならなけりゃ、子供や年寄りを守るのは俺たちしかいねぇって」


 「収穫高を偽って報告し、自分たちが食べる分を確保したのだな」とシュタイマン。


「その通りさ。それでなんとかみんなで生きていこうとしたんだが……。

 バレちまって、首謀者である俺たちは見せしめのために、重い罰が下されたんだ。

 追放刑にあっちまって、みんなしてこの通りってわけさ」


 気付くと、山賊たちはみなうつむいていた。


 村を追われ、家族と引き裂かれ、なにもかも失った悔しさを思い出して。

 そしてクワを土を耕すためではなく人を傷付ける道具として使わなくてはならないやるせなさに、泣いていた。


「俺たちだって本当は、山賊なんてやりたくなかった。でも、ここで生きていくためには仕方なかったんだ……」


 嗚咽を漏らす彼らの想いに応えるように、シュタイマンは頷く。


「ならばキミたちを、元の姿に戻してしんぜよう。

 慣れぬ悪事をする破壊者ではなく、土とともに生き、すばらしい生命を育む生産者に……!」

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