第7話

07 故郷へ

 騒ぎの収まった港。

 シュタイマンのまわりには冒険者学校の生徒たちが集まっていた。


 シュタイマンは生徒たちに向かって「それではわたくしはこれで失礼する」と告げる。

 すると生徒たちはみな「えっ」と意外そうな顔をした。


 彼らを代表するように、シュリンクラブが問う。


「シュタイマンさん、もう船には乗らないんですか!? 

 もうすぐ、かわりの船が手配されるそうですよ!?」


「わたくしの目的地はもう少し先だが、ここからは陸路で向かうことにした。

 もともと、急ぐ旅でもないのでな」


「そんな! ボク、シュタイマンさんともっと一緒にいたいです!

 もっとボクたちに、いろいろ教えてください!」


「そうしたいのもやまやまだが、どうやらわたくしが船に乗ると、良くないことが起こるようだ。

 だから、キミたちとはここでお別れだ」


 シュタイマンは生徒たちをゆっくりと見回しながら続けた。


「最後にキミたちに、これだけは言っておこう。

 ダイヤモンドというのはなぜ、高い価値を持っているかわかるかね?

 美しいから、希少だから、もちろんそれもあるだろう。

 しかしそれ以上に、多くの人から『価値』というものを信じられているからだ」


 そして言葉をいったん切る。

 ここからが重要であると、言外に伝えるように少しの間を取った。


「持ち主である自分すらも信じられないスキルというのは、どんなに立派なものでも鉄クズほどの価値も発揮できない。

 逆に自分が信じてさえいれば、どんなスキルでも黄金の輝きを得る。

 スキルの価値を決めるのは自分自身だというのを忘れないでほしい。

 キミたちの未来に、光あらんことを。

 ……それでは、これにて失礼する」


 一礼し、背を向けるシュタイマン。

 待たせていた馬車に乗り込もうとすると、


「あ……ありがとうございました!」


 背後から、多くの感謝の気持ちが届く。

 見ると生徒たちは、まるで生涯最高の恩師を見送るかのように、深々と頭を下げていた。


 シュタイマンはもはや、このような敬意を受ける立場ではない。

 流刑者なので、ヤンチャ盛りの冒険者学校の子供たちにとっては、いいオモチャになるはずなのだが……。


 この『はぐれ紳士』をバカにする子供など、誰ひとりとしていなかった。


 それは当然といえるだろう。

 巨大ガニをやりこめ、ずる賢い貴族をやりこめるという、親や教師ですら不可能な偉業を成し遂げてみせたのだから。


 子供たちはずっと、シュタイマンの背中を通してそれらの偉業を目の当たりにしてきた。

 もはや彼らにとっては、シュタイマンのタキシードの背中は山脈のように雄大に映っていたのだ。


 シュタイマンは馬車の窓ごしにウム、と頷いて、子供たちに別れを告げた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから1週間ほどの時間を費やし、シュタイマンは朝靄のヘルボトムウエストへとたどり着いた。


 ヘルボトム領というのはスキルフル帝国にとっては流刑地とされている。

 そのためヘルボトム領と帝国の間には敵対国との国境さながらの検問があり、出入りするには厳重なチェックがなされていた。


 検問の兵士はシュタイマンが流刑者ということを知っていたので、ノーチェックで通してくれた。

 なぜならばシュタイマンはもう、二度と帝国の地を踏むことができないからだ。


 シュタイマンは一抹の寂しさのようなものを憶えたが、堂々とした態度は変わらない。

 自由を主張して絞首刑に処される反逆者のように、しっかりとした足取りで帝国の敷居をまたぐ。


 それはたった一歩の差であったが、歴史的な一歩であった。


 帝国はついに、シュタイマンを失ってしまったのだ……!

 世界でたったひとりの、スキル調律師チューナーを……!


 しかし帝国の者たちが、事の重大さに気付くのはもうしばらく先の話である。


 シュタイマンは検問を出ると、目の前に広がる街へ歩を進めていた。

 この街はヘルボトム領の玄関口とされており、領内ではもっとも栄えている場所でもある。


 ヘルボトム領は流刑地ではあるものの、領主は存在し、商業活動や自治なども行なわれている。

 しかしその恩恵を受けられるのは領内の者たちではなく、帝国から遊びにやって来た特権階級のみ。


 そう。帝国の王族や貴族たちはヘルボトム領を『帝国ではできないことをする場所』として利用していた。

 ちょうどシュタイマンの横を、ポロシャツにニッカポッカの貴族たちが通り過ぎていく。


 貴族たちは早朝のゴルフを楽しむようないでたちであったが、彼らが叩くのはゴルフボールではない。


 この街を一歩出ればスラム街となり、ボロをまとった住人たちが徘徊する地獄が広がっている。

 金持ちたちが馬車に乗ってその地獄へと繰り出すのが、『餓鬼狩りツアー』であった。


 馬車の窓から食べ物などを放ってやると、住人たちが餓鬼のごとくわらわらと集まってくる。

 食べ物を奪い合う様を眺めて楽しむのもよし、もっとくださいと跪かせて悦にはいるのもよし、


 犬のように這いつくばらせた者たちの頭を、ゴルフクラブでフルスイングしてやるのもよし……!


 そう、ここはまさに『地獄』であり、帝国の人間こそが『地獄の鬼』であったのだ。


 この地に送られたものは、何をされても文句は言えない。

 もちろんシュタイマンもその対象であったが、彼はそのへんの金持ちよりもずっと立派なタキシードを着ていたので、街中でも何かをされるということはなかった。


 シュタイマンは馬車を一台チャーターすると、『オールドホーム』と呼ばれる山へと向かう。

 遠いので徒歩で向かうのには適さないのと、また彼のような紳士がスラム街をひとりで歩いていたら、あっという間に襲われてしまうからだ。


 馬車のおかげでシュタイマンは問題なくスラム街を抜け、目的の山へと入る。


 『オールドホーム』は辺境の地にあった。

 山の麓にはちいさな集落があるものの、誰も立ち入らない秘境である。


 シュタイマンは麓で馬車を降りると、まだ朝露に濡れる道草を踏みしめ、そのまま山へと分け入っていく。

 タキシードに革靴にトランクという、登山にはもっとも似つかわしくない格好のまま。


 しかしこの装備での登山には慣れているのか、道なき道もスイスイと進んでいく。

 そして案内もないというのに、まるで久々に帰ってきた故郷のように勝手知ったるものであった。


 鬱蒼とした森を抜け、頂上付近にたどり着く。

 そこは開けた平地になっていて、大きな山小屋が1軒建っていた。


 山小屋は朽ちてボロボロ、まわりの草は伸び放題でボーボー。

 しかしシュタイマンは数十年ぶりに実家を訪ねたかのように、「おお……!」と感嘆の溜息を漏らす。


 不意に、草が動いた。

 それは、吹いた風によるものかと思われたが、シュタイマンの目はごまかせない。


 シュタイマンは懐から取り出した音叉で、背後から迫り来る牙のような殺気を受け止める。


 ……ガキィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 振り向いた先には、振り下ろされたばかりのナイフ。

 そして獲物に襲いかかる金狼のような、鋭い眼光の少年がいた。

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