第2話

02 プライドを傷付けられた聖偉たち

 4人の落ちこぼれ兵士たちによる『兜割り』。

 それは嘲笑を打ち消すほどの超破壊力であった。


 静まり返る訓練場。

 それを成し遂げた兵士たちは、誰もが信じられない様子で己の手をみていた。


 手のひらはマメだらけで、血が滲んでいる。


「う、うそ、だろ……?」


「早朝からしごかれ続けても、ぜんぜんできるようにならなかった『兜割り』が……」


「たったひとつのシュタイマン様のアドバイスで、できるようになるだなんて……」


「今までの100回もの練習は、いったい何だったんだ……」


「でも、嬉しい、嬉しいよぉ……!」


「は、初めて、『兜割り』ができた……!」


「ずっと落ちこぼれだと言われ続けてきた俺に、こんなすごい力があっただなんて……!」


「これも、シュタイマン様のおかげだ……!」


 マメだらけの手からシュタイマンに視線を移す兵士たち。

 半泣きの彼らに向かって、シュタイマンは頷き返す。


「スキルというのは目には見えないが、内臓と同じで生きているのだ。

 そして同じスキルでも、指紋のようにひとりひとりで異なる。

 だからそのスキルにあった使い方をしなければ、効果も半減してしまう。

 わたくしはそれをキミたちに教えたまでだ」


 次にシュタイマンはゴッドブレイドに向き直った。


「彼らの『兜割り』スキルは通常のものに比べて数倍の威力がある。

 だが両足を揃えて飛ばなくてはならないため、敵に発動を悟られやすい。

 その弱点をどう補うかの最適解は、わたくしにはわからない。

 幾多の戦場に立ったゴッドブレイド様こそが知ることだろう」


 それだけ告げて、シュタイマンは訓練場をあとにする。

 彼は紳士として、聖偉大将軍であるゴッドブレイドのメンツを立てたつもりであったのだが……。


 ゴッドブレイドのまわりからは、クスクス笑いが起こっていた。


「戦場では敵なしのゴッドブレイド様も、シュタイマン様にかかったらかたなしだなぁ」


「大好きな精神論も、あっさり破られちゃって……」


「っていうかゴッドブレイド様、土下座しなくていいんですかぁ~?」


 ゴッドブレイドは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「だっ、誰だ!? 今、土下座とか抜かしたヤツは!?

 落ちこぼれ兵士たちの『兜割り』に、あれほどの威力が宿ったのは、俺様が100回もの熱血指導が注入したからだ!

 何事も、101回目になされたものこそが実を結ぶというのを知らんのかっ!

 俺様が妻を口説き落としたのも、101回目のプロポーズだった!

 だが重要なのはその1回ではない! それまでに積み上げた100回の失敗こそが偉大なのだ!

 むしろ俺様のやり方こそが正しく、シュタイマンは間違いだったのだ!

 だから今回のことも俺様の負けではない! 負けたのはヤツだっ!

 ヤツはそのことを指摘されるのを怖れて、早々に逃げ出したのだっ!

 この俺様に土下座を要求しなかったのが何よりもの証拠っ! がーっはっはっはっはっ!」


 一方的に勝利宣言をして高笑いするゴッドブレイド。

 いつもならまわりの者たちは一緒になって笑ってくれるのだが、今だけは白けた空気が漂っていた。


 ゴッドブレイドは振り返りもせず去っていくシュタイマンに、火花が出るほどの歯ぎしりを向ける。


「ぐぎぎぎぎぎぎっ……! シュタイマンめぇ……!

 この俺様に恥をかかせおってぇ……! 覚えていろよっ……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 シュタイマンは城内の見回りを終えると、次は帝国内にある『結界』を見回るために転送陣の部屋へと向かう。

 しかしその途中、十字になっている廊下の両脇から、ふたりの女性に呼び止められた。


「シュタイマン、わらわの部屋へ。わらわに音叉マッサージをするのだ」


「あらあら、シュタイマンちゃんったらこんな所にいたのね! ママ、ずっと探してたのよ!

 ママのお乳の出が悪くなったから、ママのお部屋に来てモミモミしてちょうだい!」


 右の通路にいたのは、『聖偉大術師』である『ゴッドフォーチュン』。

 宮廷に仕える占い師である。


 おかっぱ頭の黒髪に褐色の肌。

 見目も背格好も中学生くらいだが、この国では王の次に偉大だとされる『聖偉』のひとりである。


 左の通路にいたのは、『聖偉大聖母』である『ゴッドマザー』。

 宮廷に仕える聖女である。


 足元まで伸びた長い髪に、豊満な肉体を聖母の証である純白のローブで覆っている。


 ふたりとも、まるで歓楽街の呼び込みのようにシュタイマンを手招きしていた。

 男からすれば、どちらも甲乙つけがたい極上の美女からのお誘いである。


 並の男ならどっちの店に入ろうか迷って千鳥足になるところだが、シュタイマンは紳士らしいキビキビとした足取りのまま。

 結局、どちらにもなびくこともなく素通りしようとした。


 しかし相手は『聖偉』のうえにレディであるからと、彼なりの礼節として十字路の真ん中で足を止める。

 タイプのまったく違うふたりの女性を見ながら、紳士はピシャリと言った。


「ゴッドフォーチュン様、わたくしはスキル調律師チューナーだ。

 マッサージなら、専属のマッサージ師に申しつければよいだろう。

 ゴッドマザー様、あなたの『授乳』スキルには異常はみられないから、マッサージは必要ない」


 そして、言葉が終わらぬうちにふたたび足を踏み出す。


「本日わたくしは日々の職務である『結界』の見回りに加え、帝国内のサナトリウムを見回る予定がある。

 忙しい身のゆえ、これにて失礼する」


 『聖偉』からの招きというのは帝王の招集にも匹敵する。

 断れば厳罰に処されてもおかしくはないのだが、この紳士にそんな脅しが通用しないことはふたりともわかっていた。


「今日わらわをマッサージせねば、そなたは地獄に落ちると占いで出ておるのだぞ!

 それでもこのわらわのマッサージをせぬというのか!?」


「ああん、待って、シュタイマンちゃん! ママのお部屋には手作りのごちそうがあるのよ!

 シュタイマンちゃんの大好きな卵料理がいーっぱい!

 ママがあーんして食べさせてあげまちゅから、ささ、いらっしゃい!」


 するとシュタイマンはピタリと足を止めたものの、今度は振り返りもしなかった。


「ゴッドフォーチュン様、わたくしが地獄に落ちることになったとしても、サナトリウムで待つ子供たちが幸せになるのであれば、その運命を受け入れよう。

 ゴッドマザー様、マザーは『聖偉』になるまでは、その馳走を民に振る舞っていた。

 だからこそ、今のあなたがある。あなたにとっては、わたくしよりもその民のほうが尊いはずだ」


 思わず「ぐぬぬ……!」となってしまうふたりの『聖偉』たちをよそに、シュタイマンは去っていった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 スキルフル帝国の『聖偉』たちが一堂に会する『聖偉会議』。

 それは月に一度行なわれるものであったが、今回は臨時開催がなされていた。


 奇しくも、この国の軍事のトップであるゴッドブレイドと、この国の医療のトップである『聖偉大医師』である『ゴッドハンド』が同時に開催を呼びかけたのだ。


「今日みなに集まってもらったのは、シュタイマンのことだ!

 あの男は、この俺様の兵士の訓練方法にケチをつけてきたのだ!

 ド素人のクセして、歴戦の勇者であるこの俺様に!

 ヤツはスキル調律師チューナーとかいうこの国にひとりしかいない立場を利用して、好き放題に振る舞っているが、もう我慢ならん!」


「ワシもまったく同意見じゃ! あの男の越権行為は許しがたいものがある!

 先日、このワシのサナトリウムの入院患者の様態がみるみる良くなっていくから変だと思ったら、なんとヤツが裏でコソコソしておった!」


 『聖偉』という立場は、軍事、宗教、医療、経済、教育にいたるジャンルに存在する。

 そのジャンルにおいて強力なスキルを持つ者が就任し、配下もそのジャンルにおけるスキルに秀でていた。


 ようはスキルを持ったスペシャリスト集団であり、このスキルフル帝国をよりよく発展させるために考えられた制度なのだが……。

 今やそれは、ただの『利権集団』と化していた。


 宮廷に仕える者たちのなかで、唯一どこの派閥にも属していなかったのがシュタイマンである。

 彼は帝国ただひとりのスキル調律師チューナーであったので、『聖偉』になることも、派閥を持つことも可能であった。


 しかし彼はそれをせず、一匹狼を貫いた。


 なぜならば、配下を持ってもスキル調律師チューナーというのは彼ひとりしかできないからだ。

 中には適当に理由をでっちあげて、スキルもないのに配下を増やす『聖偉』もいるというのに。


 そしてもうひとつの理由として、スキル調律師チューナーの特性をわきまえていたから。


 各ジャンルの『聖偉』というのは、得意のスキルを活かして民を導く英雄であった。

 しかしスキル調律師チューナーというのは、それ自体ではなにも生み出さない。


 主役はスキルを持った者たちで、あくまで自分は『裏方』であるという自負があったからだ。


 だからこそ彼は立場ある人間だというのに質素な生活をし、まわりの者たちのスキルを最大限に発揮できるように尽力していた。

 そのため、彼は庶民などの『力なき者』にはたいへん人気があった。


 しかし『力ある者』たちは、それが気に入らなかったのだ。

 『聖偉会議』の議長にして、『聖偉大賢者』である『ゴッドエルダー』はこの事態を重く見ていた。


「うむ。

 そもそもスキル調律師チューナーというのは、この帝国を興した前の王が見いだしたものである。

 新王に代わったばかりの頃は影響も考え残しておいたが、『聖偉』にもなれぬ無能を遊ばせておくのも無駄であろうな。

 むしろ存在自体が我が国を混乱に導いているとあれば、もはや迷うこともない。

 シュタイマンを、この帝国より『追放』する決議を取る。

 賛成と思うものは、挙手を」


 そして投じられた票は、満場一致……!

 シュタイマン、『追放』決定……!

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