優しさの定義(女帝の正位置)

「それでね、こんなことがあって……」

「あらそうだったの……それは面白いわね」


 女帝さんは、いつも優しい。それは彼女に話を聞いてもらう度に感じていることだった。どんな話でも彼女は必ず時間をとって聞いてくれる。それが彼女の得意分野でなかったとしてもだ。

 彼女は何故こうも優しいのだろうか、純粋に気になっていた。


「……ねぇ、女帝さん。一つ聞きたいことがあるんだけど……いい?」

「あら、なぁに改まって……何でも聞いてちょうだい?」

「女帝さんっていつも優しくしてくれるじゃない?

きっと性格もあるんだろうけど、何か秘訣というか基準ってあるのかなって……」


 私が恐る恐る聞くと、女帝さんは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべ、クスリと笑みを零した。


「主ったら、面白いことを聞くのね……ふふふ。基準なんてないわ、私が話を聞きたいと思ったからよ」

「そうなんだ……ごめんね変なこと聞いちゃって!

でもほら、優しくしすぎるのも良くないっていうじゃない? だから女帝さんも何か対策というか、度合いとかあるのかなって……」

「……そうね、確かに人に対して優しくするのは時に悪いことにも繋がるわ。全てにおいて手助けをしてしまうと、その人のためにもならないから、そういう意味では加減はしているわね」

「その加減が分からなくて……どう切り分けたらいいんだろうっていつも悩んでしまうの。やりすぎだっていつも言われるから……」


 優しさは時に凶器にもなる。相談に乗ってもらったり、困っているときに助けてもらったり……自分にとって必要な優しさを受けたときには相手に対する感謝の気持ちでいっぱいになるだろう。

 しかし、人間そっとしておいてほしい時だってある。そういう時に優しさを受けると、複雑な気持ちになったり逆にその優しさが苦しみに変わったりすることもあるだろう。あるいは、歪んだ感情の芽生えの種にもなる。


「主にとって、『優しさ』の定義ってどこに置いているのかしら? 人に求められて初めて発揮するのか、自分で判断して発揮するのか……」

「それで行くと、自分での方が多いかもしれない……空振りになることの方が多いけどね」

「ふふ、貴女らしくていいじゃない。私はね、求められたことに対して8割だけ手助けをするように心がけているの。あくまでも全ては無理だと、相手に分かってもらうためにね?

主のように、自分に出来ることを全てやろうとする人もなかにはいるでしょうけれど、その先の末路は依存されて破滅することが多いわね。

友達だからとか、そういった縛りに気を取られてしまうのはお互いのためにも良くないわ。家族や友達、同僚や先輩後輩……自分と人との関係性を表す言葉は数多くあるけれど、それはただ置き換えていっているだけ。元を辿れば自分と他人なんだから、違いなんてないに等しいのよ?」


 女帝さんの優しさには、見えないメリハリが存在していた。今思うと、確かに女帝さんは、私達にこう動けばいいと的確にアドバイスを与え、私達に行動させるようにしているのだ。彼女自身が動くのではなく、私達に動かせるようにすることで、メリハリをつけているのだろう。

 確かにその方が有難い、自身で動いてこそ実感できることもあるのだから。流石は女帝さん、ただ優しいだけではなく賢い。


「話を聞くことも、立派な優しさの一つだわ。

自分が聞くことで、相談者の心の靄が少しでも晴れてくれたら、嬉しくなるじゃない? そういった小さなことでいいの、そうでないと見返りを求めてしまったりして別の欲が生まれてしまうから。優しくするって、案外難しいものでしょう? だから、自分が出来る最大限ではなく、自分が出来る内の八割ほどで十分なのよ。その方が、気持ちも楽になるわ」


 やっぱり女帝さんは凄い、父が惚れる理由もよく分かる。彼女のような女性になりたい。微笑みを浮かべ、紅茶を淹れ直してくれる女帝さんの後姿を見つめながら、私は益々彼女を尊敬するのだった。

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