第57話

57 決着、そして…

 先ほどまで、負けてもなお強気を崩さなかった、相撲部そうぼくぶキャプテンの、ドルスコイは……。



「ひっグ……! グォォ……! グォォォ……! うグゥゥゥ……!」



 汚物扱いにショックを受けたのか、ひきつけを起こしながら泣いていた。

 金持ちの風呂場にありそうなライオンの像みたいに、これでもかと口を開けて顔を歪め、目からドバドバ水を飛ばしている。


 やっぱりコイツも、体臭がコンプレックスだったのか……。


 もう号泣しているというのに、観客席からは悲鳴と激クサコールが止まらない。

 もう殺してくれといわんばかりに、嗚咽もグオウグオウと止まらない。


 予想してたよりずっと追い詰めてしまったようだが、これには一応、ふたつの理由があったんだ。


 ひとつは先にも述べたとおり、完膚なきまでの屈辱的な敗北を与えること。


 そしてもうひとつは、感情を引き出すこと……。


 これは、俺が2周目の人生において知り得た、『賢者の石』の活用法なんだ。


 賢者の石は相手に触れることにより、相手の能力を得られたり、考えていることを読み取れたりする。


 それは、主に3つの要因に左右されることがわかったんだ。



 1、触れる面積。

 手を握るよりも、抱きつく。相手とより密接になったほうが、より多くのものを相手から得られる。


 2、相手がいま考えていたこと

 過去の記憶よりも、今の悩みや考えていることのほうが、優先して得られる。


 3、相手の感情

 相手が興奮したりして、感情が高ぶっているときのほうが、より多くのものを得られる。



 もうわかっただろう。

 そして俺がなぜ今まで、相手を必要以上に口撃し、挑発していたかを。


 そう……!

 それは賢者の石で、相手の能力や思考を、最大限にまで得るためだったんだ……!


 ここまで感情を揺さぶれば、ドルスコイの中にあるものは、洗いざらい俺の中にぶちまけられるだろう。


 俺はコイツから、ふたつのことを引き出すつもりでいた。


 ひとつめは、ゆくゆくは賢者フィロソファーになるであろうコイツが、今まで積み重ねてきた、罪の数。

 ふたつめは、俺のログハウスに放火したのは、コイツの差し金であるかどうか。


 その内容の、いかんによって……。

 コイツの除草●●っぷりを、決めるつもりだったんだ……!


 俺は、壊れた水道管のように、なおも溢れている涙をよけ、ヤツに抱きつく。

 まるで、肥溜めに顔から突っ込んだ人を見るかのように、「ウゲェェェェーーーッ!?!?」と悲鳴がおこる。


 いや、俺だってやりたくないさ、こんなこと……。

 でも、しょうがないだろう……。


 俺の脳内が激しくスパークし、視界が白く飛ぶ。

 ドルスコイが生まれてから、今の今までにヤツが目にしてきたものが、壊れた走馬灯のように激しく巡り、飛び込んでくる。


 ……なるほど、コイツは子供の頃から『かわいがり』が得意だったようだな。

 少しでも体臭を気にするような反応をしたヤツは、特に念入りにしていたようだ。


 数時間にも渡るぶつかり稽古、本気でぶつかっていないヤツには、部員どもを使って石の壁に向かってブン投げ……。

 少しでもへばったりしたら、竹刀どころか、バットで容赦なく袋叩き……。


 この学園では、下僕ペットレイヴ候補生であれば命を落としても、それほど騒ぎになることもないらしい。

 だから格好の『かわりがり』の相手だったんだな。


 部費徴収としてカツアゲはもちろん、部員に命令して、女生徒をさらう……。


 おいおい、今年の新入生のターゲットとして、シトロンベルにも目を付けてたのか?

 天地の塔の6階でやりあった時は、本当はヤバかったんだな……。


 ふむ……思った以上の外道っぷりじゃないか……。

 外見どころか中身まで、そびえ立つクソの山だったとはな……!


 そしてやっぱり……放火はコイツの差し金だった……!


 俺があの夜に目撃し、そして自殺したふたり組に……。

 炎のラベルの入った薬瓶を手渡し……。


 あの無宿生ノーランの家を、焼き払えと……!


 実行犯のふたりは最後まで拒否していたのだが……。

 退学をチラつかされ、やむなく承諾していた。


 ……さて、欲しいものは得られた。

 これで心おきなく、根っこごと引っこ抜けるってもんだ。


 俺はヤツの身体に寄り添ったまま、耳元でささやきかけた。



「……どうだ? まだ、相撲そうぼくには、降参はないか……? だったらこの石鹸を、お前の口の中に突っ込んで、腹の中に押し込んでやろうか……!? そうすると、どうなるかわかるか……!?」



 すると、ぞくうっ! とヤツは総毛立った。



「ハッ!? ハアアアアアンッ!? ハグゥゥゥゥゥゥッ……!? や、やめやめ、やめるでグォワス……! い、いいえ、やめてくださいでグォワス……! か、考えたくもないでグォワスぅぅぅぅぅ……!!」



 子供のようにおいおいと泣きじゃくるドルスコイ。

 耳を塞ぎたくてしょうがないようだが、腕が埋まっているのでどうしようもない。


 俺は、嫌がる子供に無理矢理、怪談話を聴かせるように……。



「もしこの石鹸が、腹の中に入ったら……。もう二度を、匂いは消えない……! 一生、激クサのままになる……! お前はこれから、馬糞みたいな扱いをずっと受けて、死ぬまで嫌われ続けるんだ……!」



「ウグォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ

ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ

ァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?!?」



 そして……ヤツは弾けた。



「グワッ!? グワッ!? ウグワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーンッ!?!? 許してごグォワス、許してでグォワスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーッ!! もうあんな想いは、たくさんでグォワスッ!! 嫌でグォワス嫌でグォワス!! 嫌でグォワスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 俺は嫌な気配がせり上がってくるのを感じ、タイムリミットの爆弾から離れるように、飛び逃げた。

 間一髪のところで、ヤツと地面の隙間から、



 ……どじょばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!



 公園の仕掛け噴水のように、濁った金色の液体が、噴出したんだ……!



「ウゲェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーッ!?!?」



「アイツ、漏らしやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」



「ウンコがションベンをもらしやがったぞぉぉーーーーーーーーーーっ!?!?」



 立場逆転してしまったかのように、観客がはやし立てる。

 ドルスコイはもう完全に、授業の最中でお漏らししてしまった小学生状態だった。



「ウグワァァァァァァァァァァァァァン!! ウグワァァァァァァァァァァァァァァーーーーーン!! もう許して、許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!! ああんああん、ウグワァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」



 降り注ぐ汚液にまみれながら、ドルスコイは幼児退行したかのように大号泣。



「も゛う゛負グェ゛ッ゛! 負グェ゛ッ゛!! 負グェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ーーーーーーーーーン゛ッ゛!! 負゛げま゛ぢだぁ゛!! グォ゛の゛ドル゛ズゴイば、ゼージざま゛に゛、完全に゛、負げまぢだぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーン゛ッ゛!!!!」



 汚濁しきった身と心……そして声音で、ついに敗北を認めたドルスコイ。


 ここまではある意味、予定どおり……。

 しかしまったく予想だにしなかった、とんでもない事態がおこり……さらに闘技場を席巻することとなる。


 ドルスコイはショックのあまり、ひきつけを起こして白目を剥いていた。

 ヤツがカクンと首を折った途端、噴出し続けていた尿が、突如として暗黒のオーラのように姿を変え……。



 ……グワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 その大きな身体を、飲み込んでしまったんだ……!


 黒煙はしばしの後に立ち上り、天井の穴へと吸い込まれ消えていく。


 そして、そこには……。

 ほぼほぼ●●●●変わらないままの、ヤツの姿が残されていた。


 ダークオーラに包まれる前と違っていたのは、たったの二点●●

 しかもそれは、間違い探しのような、わずかな差でしかなかったのだが……。



「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 それは、この学園始まって以来の、大・大・大事件のように……。

 俺も含めた全校生徒に、絶大なる衝撃を与えていたのだ……!!

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