第54話

54 熱い茶番

 まさに相撲の立ち会いのような、湿った肉がぶつかる音が、俺の鼻先でおこった。



 ……ドグワッ……!!

 シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!



 俺の胸めがけて跳び蹴りを放っていたふたつの身体が、横薙ぎの暴走列車によってかっさらわれていく。


 横から襲ってきたズングリムックは、俺ではなくてチャン兄妹に体当たりした。

 いや、敵同士だからそれは普通のことなんだが……。


 やられた兄妹のほうは、突然の横波にさられたような、思いもよらぬ表情をしていた。



「……ず、ズングリムック!?」



「ど……どうしてボクらをバンバン攻撃するんだっ!?」



 ズングリムックはなにも答えず、ふたりの身体をわしっと抱えたまま、なおもドスドスと走っている。

 その遠ざかっていく背中を見送っていると、少し遅れてもうひとりの相撲部そうぼくぶザコが俺に向かってきた。


 ズングリムックと同時にスタートしたはずなのに、こっちはずいぶん遅い到着だな。

 ぶちかましの迫力も、さっきのに比べると全然ない。


 俺はカウンター気味に、張り手で頬をはたいて、ハエのように追い払ってやった。



 ……スパァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!!



「でぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!?!?」



『あはーっとぉ!? 相撲部そうぼくぶと風神流武闘術同好会のスレイヴマッチは、いきなり大きく動いたぁ!! ズングリムック君がチャン兄妹に体当たりして、セージ君と分断! しかしセージ君も負けじとビンタで、相撲部そうぼくぶの部員をひとりノックアウトぉ~! あっはっはっはっはっ!!』



 実況よりもなによりも、俺はチャン兄妹とズングリムックのほうが気になっていた。

 勝負そっちのけで、彼らの行く末を目と耳で追う。



「離せっ、ズングリムック! キミは私たちの攻撃を成功させるために、セージの気を引く役割じゃなかったのか!?」



「そうだよっ!? スグスグ離せっ! 今ならまだ、やり直しが……!」



「おいどんは、ただセージの側面に回り込んで、開始と同時にセージを攻撃せいと、ドルスコイ様から仰せつかっただけでごわすっ!!」



「だったらなぜ、セージではなく、私たちを……!?」



「おんしゃあが、ロクでもないことを考えていると、思ったからでごわすっ!! 何かよからぬことを企んでいることは、目を見ればわかったでごわす! かつて……相撲そうぼくにかこつけて、通行料をカツアゲしていた時の、おいどんのように……欲にくらんで、目が濁っていたでごわす!」



「うっ……!?」



「きっとその『風紀委員の証』のバッヂと引き換えに、セージを裏切るよう、そそのかされたんでごわすなっ!? そんなことは……このおいどんが許さんでごわすっ!! 相撲そうぼくは、世界最強の格闘技……! そんな汚いことをせずとも、セージに勝ってみせるでごわすっ!!」



「ううっ……!?」



「セージの石鹸のおかげで……おいどんは、目が醒めたでごわす! 身体だけでなく心も洗われたでごわすっ! だから今度は……おいどんの……おいどんの番でごわすっ!!」



「うわっぷ、臭いっ!?」



「どうでごわすか、おいどんの脇のニオイは!?」



 ズングリムックは脇に抱えたチャン兄妹を、荒稽古のように放り投げる。

 地面を滑ったふたりは、ヘッドスプリングで起き上がると、構えを取った。


 ズングリムックは、兄妹の表情……とりわけ瞳の光を確認してから、高らかに笑う。



「どうやら、少しは目が醒めたようでごわすな! さぁ……仕上げに、おいどんがいっちょもんでやるでごわす! ふたりして、かかってくるでごわすっ! それとも……おんしゃあの拳は、背後からでないと怖くて打てないでごわすかっ!? がっはっはっはっはっ!!」



「くっ……! 『風神流武闘術』を、これ以上、馬鹿にはさせんっ! いくぞアバレルっ!」



「うん! ガチガチいいよっ、お兄ちゃん!」



「「うおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」



 俺が、少年漫画のようなワンシーンを眺めていると……。

 ワッと息を呑む歓声と、風を感じた。


 瞬時にバックステップで距離を取ると、眼前で、鉄壁のような巨大なてのひらどうしがぶつかりあい、火花散るほどの爆風がおこる。



 ……ドヴヮァァッ……!!

 シャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



『あはぁーーーーーっとぉ!? よそ見をしていたセージ君に、ドルスコイ君の得意技「虎だまし」が炸裂っ!! あと少しでぺちゃんこになるところでしたぁ~っ! あっはっはっはっはっ!!』



 楽しそうな実況の声と俺の身体が、突風に煽られて後ずさる。

 白虎ですら怯えさせる一撃を眼前で受けても、俺がブッ飛ぶどころか眉ひとつ動かしていないことに、観客は驚嘆していた。



「お……!? おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっ!?!?」



「す、すげえ……!?」



「セージのヤツ、白虎だましを受けても、なんともないぞ!?」



「あの技を食らったら直撃でなくても、10メトルの範囲にいるヤツは、たとえモンスターでも吹っ飛ばされて気絶する……! 30メトルの範囲にいるヤツらですら、ビビって倒れちまうのに……!?」



 これにはドルスコイも、隈取りのぶっとい眉をひそめていた。



「グォッ……!? グォイドンの『白虎だまし』を受けても、倒れなかったヤツなど……今まで、いなかったでグォワス……! セージ、おんしが相撲そうぼくの秘奥義を使ったと聞いたときは、信じられなかったでグォワスが……」



 なにか能書きをタレていたが、俺は無視してヤツにすたすたと歩み寄り、樹齢を重ねた大木っぽい脚に両腕をまわす。



「だいたい今回のカラクリはわかったから、そろそろ終わりにするか。もうちょっと遊んでやってもよかったんだが……こんな茶番に付き合うほどヒマじゃないんだ。せっかくこんな大仕掛けまで用意したのに、残念だったな」



 すると、俺の頭上と観客席から、どっと笑いがおこった。



「おい、見てみろよアレ! セージのやつ、ドルスコイと組んでるぞ!?」



「でもマワシにぜんぜん届いてねぇから、脚にしがみいているよ!」



「あれじゃ本当に、相撲そうぼく取りにじゃれついてるちびっ子みたいだな!」



「だいいちセージのヤツ、天空の塔の最初にある、レバーですら自力じゃ倒せなかったんだぜ!」



「ぎゃははははは! そのクセして、あのドルスコイと組むだなんて、馬鹿じゃねぇか!?」



「あれじゃ、ドルスコイが片足を振り上げただけで、軽く吹っ飛ばされちまうぞ!」



「グォグォグォグォグォグォグォ……!! どうやら『虎だまし』は効いていたようでグォワスな! セージは恐怖のあまり、気が変になってしまったようでグォワス!」



 普通、これほどのデカブツを持ち上げようとするのであれば、山が揺れるような、



 ……ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ……!!



 みたいな音や、大木がひっこ抜かれるような、



 ……メキメキメキメキィィィィッ……!!



 みたいな音がするのが、普通なんだが……。

 俺の場合は、



 ひょいっ。



 という擬音がしっくりくるくらいに、あっさりだった。

 拍子抜けするほど軽く持ち上がったので、持ち上げられた当人も、しばらくは気付いていなかった。



「300kgキッロオーバーのこのグォイドンを持ち上げようなど……!! 今だかつてそんな事ができたのは、ただひとり……!! って、ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

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