第47話

47 あふれる気持ち

 俺の手のひらにいる妖精たちは、さっきまでのヤンチャっぷりが嘘のように大人しくなっていた。

 身体を拘束している糸はすでにほどいているし、掴んでもいないのだが、逃げようともしない。


 もしかしたらこれも、賢者の石の力なのかもしれないな。

 俺はすっかりいい子になった、彼女たちに語りかけた。



「ちょっと、俺の仲間たちとダンスを踊ってくれるか? ほら、あのふたりだ」



 俺は振り返って、背後にいたチャン兄妹を紹介する。

 すると妖精たちは、手の上で立ち上がった。


 いったん俺の方を向いて、忠誠を示すように膝を折る。

 まるでレディが、王の前で跪くように。


 そしてすぐさま踵を返し、チャン兄妹に向かって飛び立っていった。


 突然のことに、ギョッとなるカンフー兄妹。

 そっくりな慌てっぷりで、精霊を胸に受け入れる。


 みぞおちのあたりに、レディたちが吸い込まれていった瞬間、



 ……パァァ……!



 まばゆい光が、兄妹の身体を包んだ。

 ふたりは同時に、衝撃に耐えるように、縮こませた身体を両腕で抱きしめた。



「お……おおっ……!?」



「す……すご……い……!」



「ち……力が……! ブリブリと沸いてくるよ……!?」



「あ、ああ……! 今までに感じたことのないほどのエネルギーが……!」



「「あふれてくるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーっ!?!?」」



 芽吹くように諸手を挙げ、高く伸び上がる、あばれるちゃんとクリスチャン。

 まるで新しい朝を迎えたかのように、晴れ晴れとした表情。


 本当にエネルギーが溢れ出したのか、その場でビュンビュンと演舞を始めた。



「お……おおっ!? おおおっ!? 拳が、風切るっ!」



 兄貴は烈火のような連続パンチを繰り出している。

 昔のカンフー映画みたいに、ボッ! ボッ! と拳が唸り、燃えているかのような勢いで。



「すごいすごいすごいっ! スゴスゴすごいっ! いままで5連続がやっとだった『渦龍旋風脚かりゅうせんぷうきゃく』が、こんなにズバズバ続くっ!?!?」



 妹は得意の足技が止まらない。

 今までは、フィギュアスケートの5回転半ジャンプのようだったそれは、もう滑空できるほどの回転力を得ている。


 その、ハイテンション兄妹のペアダンスを眺めていた者たちは、誰もが悔しそうだった。



「す……すげ……え……」「い……いい……な……」「ちく……しょう……」



 しかしひとりだけ、我が事のように喜んでいる者がいた。



「わあっ! すごいすごい! あばれるちゃん、クリスさん! ふたりともすっごくカッコイイ! カッコイイよ! 良かった、良かったね!」



 シトロンベルは兄妹を全身全霊で祝福するように、きゃいきゃいと飛び跳ねている。

 それが嘘偽りない気持ちであることは、澄んだ鈴の音からも明らかだ。


 俺は、いつの間にか俺の両肩に乗っていた、水の妖精たちに話しかける。



「アイツは人の幸運を誰よりも喜び、そして不幸を共に悲しめるヤツなんだ。……変わってるよな。でも、最高のヤツなんだ。きっとお前たちのことも、大切に思ってくれるさ」



 なんてやりとりが交わされたのも知らず、お嬢様は俺に飛びついてきた。



「えらいえらい、セージちゃん! 妖精を人にあげるだなんて! 普通はそんなことしないよ!? でも、どうして自分に使わなかったの!?」



 あれほど欲しがっていた妖精がすぐ側にいるとも知らず、俺の頭をかいぐりするシトロンベル。



「俺には妖精よりも、こっちの方が合ってるのさ」



 俺はコーンパイプをひと吸いすると、お嬢様にフッと息を吹きかける。

 爽やかなミントの風にのって、水の精霊たちが向かうに相応しい、水色のレザーアーマーに吸い込まれていった。



「えっ……? 今の、もしかして……? ……はうっ!?」



 ……パァァ……!



 水面に広がる波紋のような光。

 お嬢様は驚愕とともに、上背をぐんと反らした。



「えっ……!? えっえっえっえっ……!? えええええっ!? 何これ何これ……!? せっ、セージちゃん!? なにこれぇぇぇぇーーーーっ!?!? とっ……飛んでっちゃうぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ!?!?」



 戸惑いを押さえつけるように、どこかに飛んでいきそうになる心を手放さないように、俺をがばっと抱きしめるシトロンベル。

 俺まで取り込まれるんじゃないかと思うほどに、きつく抱擁されてしまった。



「すっ……すごいすごいすごいっ……!?!? すごいのっ、すごいのすごいのすごいのっ!! すごすぎるのぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!?!? こんなの……はじめてぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」



 どうやら2体分の妖精ともなると、かなりのエネルギーらしい。

 シトロンベルは生まれたばかりの子鹿のように、脚をガクガクと震わせていたが、とうとう立っていられなくなり、腰砕けになる。



「あっあっあっあっ!? ああっ!? ああああっ!! あああああああああああーーーーーーーーーーっ!! セージちゃん!! セージちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!」



 ……どしゃりっ!



 俺はなんとか踏ん張ろうとしたのだが、お嬢様に押し倒されてしまう。

 そして……もはや恒例となりつつある、やわらかさに包まれていた。


 しかし今回ばかりは、唇どうしが触れ合っても離れようとしない。

 むしろ求めるかように、積極的に吸い付いてくる……!?



「んっんっんっんっんんっ!? んむぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!! セージひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」



 くぐもった悲鳴が、舌を通して、俺の頭の中に響く。

 レモン味とミント味が溶け合って、まざりあい……脳が痺れるほどの甘美となる。


 ……って、こりゃさすがにヤバいだろ!


 なんとか突っ張って押し返そうとしのだが、お嬢様の身体はびくともしない。

 「んーっ、んーっ」と甘えるように鳴きながら、なおも俺を求めてくる。


 シトロンベルは俺の身体を唾液まみれにして、ようやく……。

 電池が切れたように、かくん、と動かなくなった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「……なんでグォワスと!? 『魔法遮断の布』を奪われたでグォワスと!?」



「も、申し訳ないでごわす、ドルスコイ様! 今、この学園で噂になっている、無宿生ノーランのセージにやられたでごわすっ!」



「なにぃぃぃ!? 世界最強の格闘技である、相撲そうぼく……! 我が学園の運動部でも最強の『相撲部そうぼくぶ』の副キャプテンであるおんしが……無宿生ノーランなんぞにやられたでグォワスとっ!?」



「そ、それが……! セージも相撲そうぼくの技を使ったでごわす! しかも、ドルスコイ様の技である、『虎だまし』と『突っ張り手・千秋烙せんしゅうらく』も……! (ズパァーンッ!)……ぐはあっ!?」



「嘘をつくでないでグォワワスっ!! セージのようなチビが相撲そうぼく取りだなんて、ありえないでグォワスっ!! それも、グォイドンの技を使うとは……!! グォジャンドありえんでヴォワワスっ!!」



「ほ、本当なんでごわす! それを証拠に、おいどんの身体に、張り手の跡が……! 『千秋烙せんしゅうらく』を受けると、張り手の跡が1ヶ月は残るでごわす!」



「グォグォグォ……!? たしかにこの張り手の跡は、『千秋烙せんしゅうらく』……!? まさか、まさか……! グォイドン以外にあの奥義を使う者が、この学園にいるとは……!? グォいっ、ズングリムック! 今すぐその無宿生ノーランのいる所に、案内するでグォワス!!」



「ふしゅるふしゅる、ふしゅるるる~!」



「誰でごわすっ!? ……あっ!? あなた様はっ、風紀委員長の……!?」



「ふしゅる、ふしゅる! お前、名はなんというのです?」



「は、はいっ! “激襲龍”ズングリムックでごわす!」



「フシュはドルスコイ殿と話があって来たのです。ズングリムック、ちょっと外していなさい。ふしゅるるる……!」



「はっ、ははーっ!」



「なんじゃ、おんしか……。運動部にはまるで興味のないおんしが、相撲部そうぼくぶの部室に、いったい何の用でグォワス? しかも、勝手に人払いまでして……」



「ふしゅる、ふしゅる……! なんだとは、お言葉ですねぇ……! まさか『相撲部そうぼくぶ』が、たった3人の『風神流武闘術同好会』に敗れるとは、思いもしませんでしたので、様子を見に来てあげたというのに……! しゅるしゅる、ふしゅる~!」



「……笑いに来たのであれば、いくらおんしでも、ただではおかんでグォワスよ?」



「ふしゅる、ふしゅる……! フシュは、ドルスコイ殿に提案に来たんですよ、しゅるしゅる、ふしゅる」



「なんでグォワスと?」



「今すぐ飛び出していって、あの忌々しい無宿生ノーランを叩き潰したい気持ちは、よぉくわかります……。でも、慌てるのはよくありませんねぇ、しゅるしゅる、ふしゅる……! 今回の一件は、学園新聞に大々的に取り上げられるでしょう……。ですから仕返をするのであれば、それ以上に派手にしないと……。下がってしまった『相撲部そうぼくぶ』の評判は、取り戻せないと思うんですけどねぇ……? しゅるしゅるしゅる、ふしゅるるる~!」



「おんしになにか、考えがあるでグォワスか?」



「しゅるしゅる……! ええ、もちろん……! このフシュに任せてもらえれば、生徒会長であるショウ様のお目にも止まるような、一大イベントとして仕立ててさしあげましょう……! その盛大なる舞台で、今や学園全体の敵となりつつある、あの忌々しい無宿生ノーランを……! 全校生徒の前で八つ裂きにしてやれば……きっと、我がシトロンベルも……! あ、失礼。『相撲部そうぼくぶ』の評判は、今まで以上のものになるでしょうねぇ……! しゅるしゅる、ふしゅるるるるる~!」

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