第46話

46 フェアリー・キャプチャー

 俺たちは相撲部そうぼくぶの連中に見送られながら、7階への階段をあがる。

 踊り場の魔法陣を通ると、シトロンベルたちが手にしていたライセンスが光り輝く。


 これで6階は踏破されたとみなされ、次回からは昇降機で直通できるようになった。


 それから、7階のエントランスにあるベンチに腰掛けて少し休憩することになったんだが……。

 俺の右隣に座っていたシトロンベルがふと、こんなことを言った。



「ねえセージちゃん、ズングリムック先輩にあげていた石鹸で思い出したんだけど……。セージちゃんて、お風呂はどうしてるの?」



「入ってない」



「えっ、入ってないの? 入学してから一度も?」



「ああ」



「それでよく、ズングリムック先輩にズケズケとお風呂に入れだなんて言えたなぁ!」



 左隣に座っていたあばれるちゃんが、呆れた様子で話しに加わってきた。

 俺が「匂うか?」と尋ねたら、両手の花のような少女たちは、鼻をヒクヒクさせはじめる。


 だんだん顔を寄せてきて、とうとう俺の髪の毛に鼻を突っ込んで、クンカクンカやりだした。

 とうとう深呼吸までしはじめたので、俺はたまらず振り払う。



「ちょっと待て、そんなに熱心に嗅ぐなよ!」



「なんだかセージって、ズビズビ癖になる匂いしてる!」



「うん、なんだか日向ぼっこしてる猫ちゃんみたいな匂いがして、つい……」



 そう言いながらおもむろに、俺の頭髪を再び嗅ごうとする少女たち。

 ふたりとも瞳孔と鼻腔が開ききっており、なんだかすでに中毒者ジャンキーのよう。


 気がつくと正面のベンチに座っていたクリスチャンまで近寄ってきていて、視線がぶつかる。

 するとクリスチャンは気まずそうに目を反らした。



「か……勘違いするなよ! ふ、風紀委員として……風紀を乱す匂いかどうか、気になっただけだ!」



 何言ってんだコイツ。


 なんにしても俺は、縁側で寝ていたところを邪魔された猫のように、縁側から……いや、ベンチから飛び出した。

 そして今日こそは風呂に入ろうと心に誓う。


 いくら癖になる匂いだからって、そんなアロマ感覚で嗅がれてたまるか。


 って、そんなことよりも……。

 にわかに周囲が騒がしくなっていることに気付いた。



「おい! この階に妖精フェアリーが出たらしいぞ!」



「マジかっ!? 急ごうぜ! 俺たちが捕まえるんだ!」



 エントランスにいた生徒たちは、流れてきた噂に騒然となり、誰もが走り出す。


 妖精フェアリーってのは、精霊の一種だ。

 精霊というのはこの世界では『万物に宿るもの』とされており、多様な種類が存在するんだが……。


 俺なりに簡単にいわせてもらうなら、『人間の生活を豊かにしてくれる、便利なエネルギー』だな。


 俺が最初に習った魔法『発火ファイヤリング』が、炎の精霊の力を借りて発動するように、魔法の原動力でもある。


 普段は目に見えないものらしいんだが、気まぐれで人間の前に姿を現すことがあるらしい。

 生徒たちが大騒ぎしているのは、妖精がその『気まぐれ』を起こしたんだろう。


 なんにしても面白そうなので、俺たちも行ってみることにする。

 エントランスにほど近い通路では、すでに大勢の生徒たちが集まって、右往左往していた。


 俺は妖精というのを初めてみたんだが、1/8サイズの美少女フィギュアが空を飛んでいる感じだった。


 4体ほどいて、水色のが2体と、緑色のが2体。

 からかうように飛び回るソレらをなんとか捕まえようと、みんな血眼になって追い回している。


 なんでそんなに必死なのかというと……。

 妖精を捕まえて胸に押し込むと、身体の中に取り込めて、『精霊力』がアップするらしい。


 『精霊力』ってのは簡単に言うと、精霊の力を使える度合いのようなものだな。

 高いほど高位な精霊が言うことを聞くようになるので、より高位な精霊魔法が使えるようになるそうだ。


 もちろん納品できれば高ポイントになるので、みんな何としてもゲットしようとしている。

 ホームランボールを争奪する、球場の観客さながらに。


 俺はその様を、テレビ中継でビール片手に観るかのように、ノンビリと眺める。

 しかし同行者たちは、気が気ではないようだった。



「おいセージっ! なにボケボケっとしてるんだよっ!?」



「そうよセージちゃん! 私たちも行こうよ!」



「そうだ、あの緑色のは風の精霊だろう!? 『風神流武闘術』は風の拳! 捕まえれば、技にさらに磨きがかかる!」



「水色の子は水の精霊よね!? 『落花流水剣』の極意には、水の精霊が不可欠なのよ!」



 お嬢様もチャン兄妹も、まるでバーゲン会場を前にしたかのように目の色を変えている。



「まあ、慌てんなって。アレをよく見ろ、完全に妖精におちょくられてるだろ」



 妖精たちはわざわざ、生徒たちの手の届くか届かないギリギリの所を飛び回っていた。

 ジャンプして掴もうとしても、あと少しのところでするりと抜けていく。


 妖精は協力しあって、群らがる人間どもを操るように誘導。

 時には衝突させて将棋倒しにさせ、地面に這いつくばる人間の無様な姿を笑っている。


 中にはイボガエルもいたのだが、この前のスイッチ部屋の一件で権威をなくしてしまったせいか、倒れたところをドサクサまぎれに踏みつけられていて、なんだか気の毒になるほどだった。



「ゲコッ!? いまゲコをゲコったのは誰ゲコっ!? ゲコッ!? またゲコっ!? ゲコッ、ゲコッ!? ゲコォォォォォォォォーーーーーーーッ!?!?」



 アイツの悲鳴は独特だから、どこにいても目立つな……。

 って、そんな事はどうでもいいとして、



「あのイタズラっ子を捕まえるには、素手じゃ無理だろ。なにか道具でもないと……」



 と言いかけたところで、俺の頭にふと……ある考えがよぎった。


 棒立ちのまま、両手をスッと伸ばし……宙に向ける。

 そして、手のひらをかざすように、手首をクイッと曲げた途端、



 ……シュバッ!



 かすかな音とともに、俺が両手にはめているグローブの手首のあたりから、白糸が飛び出す。


 レーザーのように発射されたそれは、妖精たちの反射神経をも上回る速さで、彼女たちの身体を絡め取る。

 俺がもういちど、手首をクンッと曲げると、


 ……シュンッ!


 目にもとまらぬスピードで引き寄せ、風の精霊たちは俺の手の中におさまった。


 いかにも妖精チックな、緑色のドレスをまとう彼女たち。

 こうして近くで見ると、ますます美少女フィギュアチックだな。


 俺の手ひらの上で横になったまま、魂を吹き込まれたばかりの人形のように、可愛らしい顔をポカンとさせている妖精たち。

 何が起こったのか理解できなかったのは、彼女たちばかりではなかった。



「な……なんだ、今の……?」



「せ……セージの手から、なんか出て……」



「一瞬にして、妖精をさらっていったぞ……?」



 雲を掴むように手を伸ばしたまま、失意の表情で俺を見る生徒の一団。

 その頭上にいる水色の妖精たちは、もはや逃げることも忘れ、口に手を当てた上品な仕草で驚いていた。


 俺がやったのは、グローブに仕込んだジャイアント・スパイダーの糸を利用しての妖精捕獲フェアリー・キャプチャー

 飛んでいるハエを、舌で捕まえるカエルの要領だな。


 ちなみにグローブには錬金術の『変質』の陣が彫りこまれている。

 だから糸は物理的にではなく、錬金術によって発射したり、収納したりできるんだ。


 まぁ、なんにしても……。

 パワーアップ妖精、ゲットだぜ!

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