第31話
31 鉤爪ロープ
初日はいろいろトラブルに巻き込まれてロクに探索できなかったが、俺は『天地の塔』がすっかり気に入ってしまった。
座学よりも実技のほうが、俺には合っているのかもしれない。
普段の俺は面倒くさがりだ。
始業のチャイムが鳴っても走ったりせず、ゆったりと遅れて教室に入る。
でも塔内ではなんだか楽しくて、つい子供みたいに走り回ってしまった。
おかげで夕方にログハウスに戻ったときにはクタクタだったのだが、明日のために休まずに森の中で採取をする。
植物のツタを集め、ゴブリンから奪ったナイフで細かく割き、天然の糸を作った。
それらをより合わせて、細いロープにする。
別のナイフを錬金術で『変質』させ、鉤状に変形させたものを、ロープの先っちょに結びつければ……。
鉤爪ロープのできあがり!
塔を探索している最中に、あったほうが便利なんじゃないかと思って作ってみたんだ。
ゲームとかでは定番のアイテムだもんな。
これがあれば、何かと便利になるはず……!
俺は明日が楽しみでしょうがなくて、年甲斐もなく出来たてのロープを抱いて眠ってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の朝。
また外にチャン兄妹がいたらどうしようかと思ったが、いなかった。
今日の授業は、朝から天地の塔で行なわれる。
昨日は天上の自由探索だったのだが、今日は地下での採掘実習らしい。
塔の地下がどんな風になっているのかちょっと気になったが、採掘は面倒くさそうなのでパス。
授業をサボって、昨日と同じく塔の天上を探索することにした。
ゴブリンのナイフと鉤爪ロープの束を、腰の太いベルトに携えて準備は万端!
いざ旅立ちへ、しゅっぱぁーつ!
俺はなんだか、夏休みに田舎のおばあちゃん家の裏山に、昆虫採集に出かけるような気分で走り出した。
……のは、いいものの、すぐに元のオッサン臭さが顔を出してしまう。
そういえば昨日、俺は天上4階まで行ってたんだよな……。
俺はライセンスがないから、踏破記録もなくて、昇降機が使えない……。
ってことは……。
また4階まで、テクテク歩いて行かなくちゃならないのか……!
徒歩である以上、探索には限界があるんじゃないか?
授業で習ったところによると、上階に行くと1日では探索できなくて、途中でキャンプを張るようになるらしいが……。
ただそれは、かなり上の階の話で、10階やそこらでやるヤツはいないらしい。
そりゃそうだろうな、昇降機でひとっ飛び出来るんだから、野宿する意味なんてない。
あ~あ、せっかく楽しい遊びを見つけたと思ったのに……。
これじゃ、回し車の中のハムスター同然だな……。
なんてグチグチ考えているうちに、昨日3べん回ってワンさせた、溝のある部屋に着いた。
今日も今日とて、大勢の生徒たちが立ち往生している。
その中にはシトロンベルもいて、なにやら難しい顔で溝を覗き込んでいた。
彼女の格好はローブではなく、剣術授業のときと同じ、水色のレザーアーマー。
細身の剣を腰から携えており、ヘッドギアはしていない。いわば実戦仕様だ。
「どうした、チョコバーでも落としたか?」
「あ、セージちゃん!」
「なんだ、お前だったのか」と俺がからかうと、彼女はぷくっと頬を膨らませる。
「なんだ、はないでしょ? あ、わかった。最近、私がセージちゃん家に行かなくなったから、スネてるんでしょ~? ごめんねぇ、最近宿題がたくさん出てて、忙しくて行けなかったの」
リリンと頭の鈴を鳴らしながら、しゃがみこんで目線を合わせてくるシトロンベル。
何がそんなに嬉しいのか、ニコニコしながらウリウリ、と俺のほっぺたを突いてくる。
しかめっ面をしてたと思ったら、膨れて、笑って、はしゃいで……。
このお嬢様は本当に、表情豊かだ。
それにこの、爽やかな鈴の音を耳にするのも……。
甘やかな髪の香りを嗅ぐのも、久しぶりだな。
俺は少しだけ嬉しくなっている自分に気付いた。
「天上階の解禁は昨日からだっただろう? なのになんでまだこんな所にいるんだ?」
「うん、解禁自体は昨日だったけど、生徒の数が多いから、最初の実習はクラスごとに順番にしてるみたい。私たちは昨日は地下での実習だったわ。……って、セージちゃんたちは逆に、今日は地下での実習じゃないの?」
「そうなんだが、ちょっと虹を掴みたくなってな」
するとシトロンベルは嬉しそうに微笑んだ。
この学園では非常に珍しい、俺に向けられる嘲り以外の笑顔だ。
「ふふ、セージちゃんらしいね」
「ところで、みな困ってるようだな」
また難しい顔に戻るシトロンベル。
「う~ん」とかわいい声で唸りだした。
「そうなの。広くて深い溝があって……溝の向こう側にあるスイッチを動かせば、溝が上がってきて、通れるようになるのはわかったんだけど……。どうやってスイッチを動かそうか、みんなで悩んでたの」
ちなみにではあるが、塔の仕掛けに関する話題は、生徒間ではあまりやりとりされないらしい。
昨日ここにいたイボガエルたちは、溝で手詰まりしていたことを秘密にしているようだ。
下手に他人に教えてしまうと、準備を整えられて、仕掛けを容易に突破されてしまうからだろう。
なぜ同じ学園の生徒なのに、情報協力をしなわないのか……?
その理由は簡単、他のヤツらにポイントを稼がれたくないからだ。
成績で上位になるためには、自分が頑張るよりも、他人の足をひっぱって邪魔するほうが楽……。
この学園のヤツらが、いかに腐っているかがよくわかる話だな。
「スイッチが溝の向こうにあるんなら、なにか投げつけて倒してみたらどうだ?」
「それができないの。ホラ、あれ見て」
白くてほっそりした指が、部屋の奥のほうを指さす。
目で追ってみると、問題のスイッチがあった。
昨日、俺が折ってしまったレバーは直っている。
それどころか、バラバラにした『上がる』の立て看板まできちんと元通り。
誰かが、わざわざ修理してくれたのかな……?
いや、そんなことは今はどうでもいい。問題なのはスイッチの向きだ。
昨日あのスイッチは、俺たちのいる場所から見て、手間側に倒れていたのだが……。
今日はなぜか、奥側に倒れている。
これじゃ確かに、なにかぶつけたところでダメだな。
昨日のように、『
なにせスイッチを作動させるためには、手前に引っ張らないといけないんだから。
……引っ張る……?
そして俺ははたと思いつく。
「よし、シトロンベル、俺がなんとかしてやるよ」
「えっ? セージちゃんが? なにか思いついたの?」
「ああ、ちょうどおあつらえ向きのがあるんだ」
俺はシトロンベルを引きつれて、昨日と同じく溝の淵に立つ。
そして腰から外した鉤爪ロープを頭上で振り回し、牛を捕らえるカウボーイのごとくスイッチめがけて投げた。
ロープがしゅるんとレバーに絡まり、先っちょの鉤爪がガッチリと食い込む。
すると「そんな手があったなんて……」と周囲にいたヤツらは呆気に取られていた。
「おい、シトロンベル! お前までボーッとするな! 引っ張るのを手伝ってくれ!」
「あ……! う、うんっ!」
綱引きに参加するように、ロープに取り付くシトロンベル。
ふたりして「うーん、うーん」と力を込めていると、他のヤツらも手伝ってくれた。
まるで大きなカブを地面から引っこ抜くみたいに、うんとこしょ、どこっこいしょと、引っ張っていると……。
……ガコォォォォォーーーンッ!!
ついに、レバーは倒れた。
いちばん端にいた俺とシトロンベルは、勢い余って倒れてしまい、もつれ合うようにしてゴロゴロと転がる。
衝撃のあまりつい、目を閉じてしまう。
そして室内は、ししおどしが鳴ったあとの庭園のように、静寂に包まれていた。
……また、見てるヤツらをビックリさせちまったか。
でも昨日のやり方と違って、今日のは普通というか、別に珍しくない手法だと思うんだが……。
それからほんの数刻の後、俺は沈黙の意味を理解する。
背中側は硬くて痛いのに、上に乗っかっている感触は何もかもが柔らかかったからだ。
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