第27話
27 天地の塔
俺の2周目の人生のサードキスは、殴り合いの最中という、予想外の時に起こった。
しかしそこからは、それどころではなくなってしまう。
あばれるちゃんがギャン泣きして、逃げ帰ってしまったんだ。
残された兄のクリスチャンは烈火の如く怒りだし、俺にさらなる猛攻を仕掛けてきたのだが……。
急に躓いて俺を押し倒してきて、鼻先で見つめ合うという事態になってしまった。
危うく連続で、フォースキスまで捧げてしまうところだった。
それで兄のほうも戦意喪失したのか、
「覚えていろよ! これ以上、風紀を乱すようなことをしたら、次こそは許さんからな!」
と、なぜか赤面しつつ口を押さえながら、月並みな台詞を吐いて退散していった。
本当に風のようにやってきて、風のように暴れていき、風のように去って行った兄妹。
俺は、「いったい何だったんだ……」と、これまた月並みな感想を述べるほかなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日の授業ではついに、『天地の塔』に入れることになった。
『天地の塔』はこの学校の……いやこの島の象徴といってもいい巨大な塔で、高さは数百メートルはくだらない。
なにせこの島のどこにいても見えるほどだからな。
誰がいつこの塔を建てたのかは、わかっていないらしい。
だからこの『オリエン賢者学園』は、この『天地の塔』のまわりに後からできた学校ということになる。
高いだけあって、階数もかなりあるようなのだが、まだ頂上までたどり着いた者はいないらしい。
最上階には『賢者の石』があると噂されている。
まさかこんな塔まで賢者の石と関係あるだなんて、俺は思いもしていなかった。
そんな噂があるなら、王様などの権力者が放っておかず、軍隊でも派遣して踏破を目指していてもおかしくはない。
でもそんな状態になっていないのは、この世界にはこんな巨塔がいくつもあるらしく、そのすべてに賢者の石の伝説があるから。
誰かが塔の上のほうまで到達して、賢者の石があるのが真実味を帯びてきたら、権力者たちはこぞって動き出すんだろう。
ちなみに天地の塔へは、この学園の生徒や教師であれば自由に入れる。
部外者も許可を取れば立ち入ることができるのだが、許可なんて取らなくても入れる塔は世界中にいっぱいあるので、トレジャーハンターたちはみんなそっちに行っているらしい。
なお塔の階層は地上だけでなく、地下にもあり、坑道のようになっている。
そこでは体育の授業と称した、『賢者の石採掘実習』が行われるそうだ。
そういえば、リバーサー先生も初日の授業のときに言っていたな。
「この学園では塔の地下で、賢者の石の採掘が行われています」って……。
そして俺はいま、その先生の話を……。
ドーム球場かと思うほどだだっ広い、『天地0階』のエントランスで聞いている。
この世界では、俺の前世でのヨーロッパのように、建物のフロア1階のことを『0階』と表現するらしい。
『天地0階』から上にあがると、『天上1階』『天上2階』『天上3階』……。
『天地0階』から下にさがると、『地下1階』『地下2階』『地下3階』……。
って、そんなことはどうでもいいか。
それよりも、先生の話だ。
「はぁい、いいですかぁ? 今日の授業では、この『天地の塔』に登ってみましょうねぇ。装備はちゃんと整えていますねぇ?」
「はーい!」と元気に返事するクラスメイトたち。
みんな剣術の授業の時よりも、ずっと丈夫そうな皮鎧を着ている。
剣も木刀ではなく真剣だ。
例によって俺の分は無かったので、俺だけは普段着で丸腰だが。
なぜ実戦さながらに武装しているのかというと、塔内では『モンスター』が出るんだ。
そう、あのロールプレイングゲームとかによく出てくる、ゴブリンやドラゴンなどの『モンスター』だ。
俺はこの島に初めて降り立ったとき、戦士や魔法使いのような格好をした大人たちを見かけた。
その時は、てっきり行き過ぎたコスプレかと思ったのだが……学園で授業を受けてようやく、それが実用であることを知った。
ちなみにこれまでの授業で、モンスターとの戦い方はひととおり習っている。
「はぁい、それと、配ったライセンスは無くさないようにしてくださいねぇ。再発行には時間とペナルティがかかりますから、十分に注意してくださいねぇ」
ライセンスというのは、いわば身分証明書のようなものだろうか。
この塔に初めて挑戦するときに生徒たちに配られる。
魔法よって所有者の個人情報が記録されている、いわばICカードのようなものだ。
ライセンスには身分証明以外にも、いくつかの役割がある。
まずひとつ目は、この塔にある昇降機を使うため。
ライセンスには、天上でも地下でも、踏破した階数が記録されている。
『天上8階まで攻略済、地下5階まで攻略済』といった具合に。
各階の階段の踊り場には、魔法陣のようなものが描かれていて、その上を通過することにより、ライセンスに『踏破した』と記録される。
だから最初は歩いて行く必要があるが、いちどその階を攻略してしまえば、次からは昇降機で無視できるというわけだ。
ちなみに昇降機は鳥かごみたいに小さいので、ひとりしか乗れない。
だから、より上階を攻略した人の昇降機に便乗して、連れて行ってもらうことはできない。
そしてふたつ目の役割は、ポイントカードとして。
階を踏破したり、モンスターを倒したり、後で述べる『クエスト』というのを達成すると、功績として認められ、ライセンス内にポイントとして蓄積される。
その獲得ポイントは、学園の掲示板に大々的に貼り出される。
ようはテストの順位発表のようなものだな。
これで上位に食い込むと、どんなメリットがあるかというと……。
たとえば
ということは、シトロンベルもしゃかりきになってポイントを稼いでいるんだろうな。
ちなみにライセンス自体の材質は、階級によって違う。
そりゃ空気だよ。
簡単に言うとナシってことだ。
だから俺はこれから先、この塔をどれだけ登っても昇降機を使うことはできないし、どれだけ活躍しても1ポイントも貰えない。
落ちこぼれ確定ってわけだ。
でも、まーいっか。
逆に考えるなら、何をしてもペナルティは科せられないってわけだからな。
「はぁい、では、各自、準備ができたら塔の探索に出発してくださいねぇ。今日の授業はこれですべて終わりですから、好きな時間に帰ってきていいですよぉ。あ、あと、食べられるモンスターを倒した場合、ちゃんと解体して、クエストカウンターに納品してくださいねぇ」
先生は最後に、エントランスの隅にある、ホテルの受付のような一角を指さした。
塔の中には牛や豚や鶏のような、食肉となるモンスターがいる場合がある。
それらを倒して解体して、獲れた肉をクエストカウンターに収めれば、ポイントになるというわけだ。
収められた肉は
だったら自分で調理して食べたいところだが、この世界の人間のほとんどは『毒抜き』ができないんだ。
そしてクエストカウンターのそばには、大きな掲示板がある。
あれはクエストボードといって、塔で獲れる素材の依頼などが貼り出されているんだ。
たとえば先生が、授業で使う触媒となるモンスター素材が必要な場合、あのボードに貼り出す。
その素材を集めてクエストカウンターに納品すれば、報酬としてポイントが得られるんだ。
なお依頼は先生だけでなく、生徒でも可能。
ただいずれにしても、自分が持っているポイントを報酬として前払いする必要がある。
ちなみに生徒からの依頼は『素材集め』よりも、一緒にボスを倒してほしい、などの『攻略依頼』が一般的なんだそうだ。
……などと俺が、ひたすらこの塔の仕組みについての思案に暮れていると、
「ハァ……」
不意に、わざとらしいほど大きな溜息が聞こえてきた。
気がつくと、まわりにいたクラスメイトたちは全員、塔攻略のために駆け出していて……。
その場に残っていたのは、俺とリバーサー先生のみとなっていた。
「セージ君、キミはいつもマイペースですねぇ……。そんなでは本当に、我が校始まって以来の最大の落ちこぼれになってしまうんですねぇ……」
先生の呆れた果てた声に見送られながら、俺はぼちぼちと歩き出していた。
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