にゃ病の宿 4
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【デジタル認知症】
ところがここへきて、新しい研究成果が次々と発表され、少しずつその概要が明らかになっている。
全貌の解明にはまだ時間がかかるのであるが、日本特有の複雑な事情がそこに隠れていることが推測される。
近年、デジタル認知症やスマホ認知症と呼ばれる認知障害が注目されている。
パソコンやタブレット、スマートフォンや携帯ゲーム機など、ネットに接続された電子機器への依存やその使用が長時間に及ぶと、物忘れや集中力、注意力、計算能力の低下等が起きて、日常生活に支障が出るケースが増えている。
また、若年層にその状況が続くと正常な脳の発達が妨げられて、若年性の認知症を発症したり、ネットへの依存が不安や不眠に繋がり、うつ病の原因となったりしている。
デジタル機器に依存し自分の頭を使わなくなることや、ネットから流れ込む大量の情報を脳が処理しきれなくなることが、主な原因とされる。
あの「にゃ病」事件の「始まりの四人」もデジタル機器の長時間使用の実態が確認されていて、当初は若年性認知症が疑われていた。
その後、デジタル認知症的な症状とは異質なものであると診断されたのだが、ネット依存やデジタル機器の使用による影響が何か発症に関わっているのではないかとの疑いは残り、慎重に検討されていた。
デジタル認知症の大きな原因となる大量の情報は、主に人間の左脳を刺激する。
一般的に左脳は言語や計算を処理し、デジタル脳と呼ばれる。右脳は映像などの非言語的なイメージや空間認識を処理し、アナログ脳と呼ばれる。
例えば人が会話をするとき、言語を左脳で処理し、相手の表情や微妙なニュアンスなどは右脳で処理する。
しかしデジタル情報には左脳で処理する部分が多く、右脳の出番が少ない。
右脳は相手の気持ちを察し、空気を読むなど、コミュニケーション能力に関わる処理をする。
この右脳の処理力が落ちると、まさにアスペルガーのような空気の読めない状態になるのではないだろうか。
しかし常識的に考えると、デジタルで得られる大量の情報で飽和して疲弊するのは左脳である。
右脳は元気な状態なので言語処理能力は衰えるがコミュニケーション能力には影響がない。「にゃ病」の症状とは全く逆の状態である。
これはどういうことか。
日本人と虫の声についての面白い発見を伝えた研究者がいる。
何でも、日本人とポリネシア人だけが虫の声を言語として聞き、他の言語を話す世界中ほとんどの人は、それをただの雑音として処理しているそうだ。
この学説は一時期、MRI(磁気共鳴画像)の普及により否定されていたのだが、最近では肯定的に考えられているようだ。
MRIによる精密な検査では左脳と虫の声との関係性が証明されなかったためなのだが、MRI特有の騒音により測定時の脳が特殊な状態にあることが疑われて,近年MRIを使わない新たな検査方法で再検証したところ、その関係性が改めて証明されたらしい。
日本語とポリネシア語を除く世界中の大多数の言語では、子音は左脳で処理し、母音は一度右脳で音として処理されたのちに左脳で言語として再処理される。
日本語は母音を中心とした言語で、例えば英語や中国語は母音が聞き取れなくてもある程度通じるような、子音を中心とした言語である。
日本語とポリネシア語だけが母音を左脳で処理する。ハワイや南太平洋で使われているポリネシア語は、日本語の起源の一つであるという。
面白いことに、和楽器の音は母音に近く日本人は左脳で処理し、西洋楽器は右脳で聞くという。
だからボーカルの入った曲を聴くと日本人は左脳で言語として聞きがちで、イメージを処理する右脳が活性化しにくい。仕事で疲れた時にクラシック音楽を聴くと癒されるのは、右脳を刺激して飽和状態の左脳を休ませ、バランスを取っているのだ。
母音に近い虫の音を日本人は言語として聞き、西洋人は単なる音として聞く。
自然の音を言語として処理するのは古くから自然と同化して生きてきた日本人にとっては馴染み深い感覚で、日本語に擬音語が多い理由だろう。
また、この傾向は先天的な物ではなく、どの言語を母国語として育つかによる違いらしい。
つまり、猫の鳴き声を言葉として「にゃぁにゃぁ」と認識するのは日本語を母国語とする人(およびポリネシア語も)に特有の感性ということになる。
これが、日本でしかこの病気が発症していない一つの原因なのではないかと考えられた。
日本語にはオノマトペが豊富である。虫や動物の鳴き声などの擬音語だけでなく、擬態語も豊富だ。実際に声に出してオノマトペを話すことにより、意図が正確に伝わりコミュニケーションは円滑になる。
それは自分自身に対しても有効で、スポーツ選手が独特の叫び声を上げてプレーするのにはちゃんとした意味がある。自分のプレースタイルに合った声を出すことにより、実際にプレーの質や強度が上がることが証明されている。
にゃ病の宿で行われている「にゃぁにゃぁ」という会話の中でも、その優しく力の抜けた響きが心をほぐし、癒しの効果を高めているに違いない。
そしてもうひとつ、子供たちが「にゃ病」を発症しない理由については、アルコールの摂取がそこに関わっているのではないかと疑われている。
「にゃ病」発症と治癒のメカニズムの解明はまだその入口に立ったばかりだ。
しかしアルコールの摂取がその発症と治癒に大きく関わっていることは間違いないように思える。
日本人特有の右脳と左脳の使い方と、最近のデジタル情報の増加によるストレス、そして変質したネココロナウィルスの存在、これらの複合的な要因により、日本特有の「にゃ病」が誕生し、それを治療する場として、「にゃ病の宿」が生まれたのだ。
【おわりに】
私の姉が「始まりの四人」の一人であったことにより、私は「にゃ病の宿」の最初の発見者となった。
その後も私は大学で学びながら「にゃ病」についての情報を追っている。しかしその副産物として、私は発達障害という、より深刻な問題に出会った。
「にゃ病」患者が次々と快癒して宿から巣立っていくのに対して、発達障害は根本的な治癒が見込めず症状を緩和するために絶望的な長期戦を強いられる。
たまたま機会があって児童発達支援施設を見学させて戴いた縁で、私は現在ボランティア団体による支援活動に参加している。そして将来は自分もそういう仕事に就きたいと考えるようになった。
特に、私の実家のある田舎町では近くに支援センターなどの施設がなく、発達障害の子を持つ家族は孤立して、日常的に辛い暮らしを余儀なくされている。
そんな子供たちや家族を支援するための活動を続けられたらと思い、日々を送るようになった。これもすべからく「にゃ病」のおかげである。
姉について言えば、「にゃ病」は迷惑以外の何物でもなかった。
姉の症状が落ち着き社会復帰の道を模索し始めた時には既にマスコミが騒ぎ始めていて、テレビや新聞の取材が殺到していた。
姉の暮らしていた四谷ウインドは「にゃ病の宿」と化して、連日マスコミに囲まれ騒然としていた。姉がそのまま住み続けることは事実上不可能で、元の職場への復帰も叶わぬまま、結局追われるように実家へ帰ってきた。
姉の病気はとりあえず癒えたが、心に残った傷は簡単に消えることはない。
姉にとっては田舎町から一人で上京し、都会の真ん中でようやく仕事が軌道に乗り始めた矢先の、突然の挫折であった。
実家へ戻ってからもしばらくの間は姉にマスコミの取材が続き、地元でも一躍有名人となった。しかしそれは姉の望んだものではなく、姉の挫折感に拍車をかけるだけであった。
その後も三か月ほどは何もできずに実家で密やかに暮らしていたのだが、姉の美容師としての実績を買ってくれた地元の美容室から声がかかり、再び仕事を始めることができた。
今では遠くからもわざわざ足を運んでもらえるほどの、小さな町の人気店になっている。それだけは、姉にとって幸運だった。
ちなみに、あまりお酒を飲まない私であるが、実家へ帰ると姉と二人でビールを飲むのを楽しみにしている。
実家の居間に寛いで姉と二人で飲むビールは、ほろ苦い姉の人生の味である。
そして酔うと二人揃って横になり、どちらともなしに「気持ちがいいにゃぁ」などと言いながら笑い合う。
時にはお酒を飲まない母もビールを一口含んでは、「苦いんだにゃぁ」などと言って笑わせる。
家族のこんな穏やかなひと時が得られるだけで、姉が「にゃ病」にかかった意味はあるのではないかにゃぁと、私は思うのだ。姉には少し申し訳にゃいのだが。
了
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