掃除屋 3


 ネットで評判の良くない店をリサーチして、そんな店を毎日実際に訪問して回った。


 安くて美味いがサービスが最悪、という店を期待したのだが、そんな都合の良い店がすぐに見つかるわけでもない。


 だいたいが高いし不味いし汚いし、そんな店に何度も通うのは嫌だったし、そういう店は渕上が行かずとも勝手に潰れる。


 しかし街の新陳代謝を速めるためだと自分に言い聞かせて、次々とそんな店を閉店に追い込んで回った。


 大義のために止むを得ず毎日通っているのだ。店が潰れるのが嫌ならば、もっと安くて美味くていいサービスを提供すればよい。


 そうなればすぐにでも通うのを止めよう。そんなことを思いながら、渕上は毎日不衛生な店の汚い暖簾をくぐり続けた。


 店を次々と潰す貧乏神の噂が立たぬように、極力目立たぬよう、何軒かの店を組み合わせて通うようにした。そうして地元の街の中で新しい潰れるべき店を探す日々が続いた。


 それからは、手当り次第にいくつもの店を廃業に追い込んだ。


 JRの線路が南北に走るこの街は、東口の商店街と西口の商店街に大きく二分されている。


 どちらも活気のある古くからの商店街なのだが、渕上の住む東口側はおおむね一回りしたので、次に反対の西口側の探索に乗り出していた。


 現在の標的は二店舗あり、其々の店へ週に一度は行くようにしている。週のうち残りの三日は新規開拓のために、まだ見知らぬ店の入口に立つ。


 そんな日々を繰り返していたのだが、潰したくない良い店ばかりでなかなか続けて通いたいような店が見つからない。


 一度は標的となっていた二店舗にしても、毎週一度通ううちに居心地がよくなり、行くのが楽しみになっている。


 嬉しいことにその二店はそれ程の人気店でもないのでいつ行っても満員で入れないこともなく、しかも潰れる気配もなかった。


 久しぶりに安定して飲み歩ける日常がそれから何となく三年に及び、渕上はさすがに自分の貧乏神体質も、既に過去の物となったのではないかと感じ始めていた。


 世の中の出来事には、何事であれ終わりがあるということなのだろう。今までの経緯があまりにも劇的で、出来過ぎだったのだ。そんな風に思い始めていた。


 それでも、再び一軒の店へ集中して通う勇気は、まだ生まれていなかった。


 うっかりして藪蛇になることは避けたい。最近では東口の一帯もほぼ回りつくして、西口に新しくできた店を巡ることも増えている。


 渕上が行ったことの無い普通の飲み屋はこの駅周辺にほぼ無くなってきている。


 渕上が何度も行っていない既存の店が新しく入れ変わることについては、ほぼ渕上の貧乏神体質との因果関係は無いように思えた。


 まあ、ここは慌てて無理をせずに、今の暮らしを謳歌するのが良かろう。そう考えて、渕上は大いに油断していた。



 ゴールデンウィークの連休が明けて久しぶりに街へ出動したその日、最近行きつけとなっていた飲み屋の扉に閉店のお知らせが貼ってあるのを見つけて、渕上は慌てることになる。


 周囲をよく見れば、その店だけではない。


 西口駅前の毎夜飲み歩いていた一画全体が、再開発のため広い範囲で立ち退きとなったのだった。


 勿論、これだけの再開発なので十年以上前から計画されていたのに違いない。そんなことを知らなかったのは渕上だけなのかもしれない。


 既に移転や閉店が決まっていた店だったから、貧乏神の効果がすぐに現れなかったのか、それとも渕上が広範囲に飲み歩いたせいでその区域全ての店を終了させてしまったのか、どちらとも言えない。


 渕上は駅前のパチンコ屋の隣でまだ開いていた一軒の飲み屋を見つけて中へ入り、店の主人から再開発について話を聞いた。


「あんた、知らなかったのかい。再開発の話自体は、もう十年以上前からあったのさ」


 店主は淡々と語る。


「だけどほら、この辺は見ての通りのごちゃごちゃした繁華街で、簡単に話がまとまる方がおかしいだろ。土地や建物の権利ももうぐちゃぐちゃになってわからなくなっていたからな」


 だから、再開発の話し合いはその後、揉めに揉めたのだそうだ。


「だけど、このところの不況で、店をやってくのも楽じゃねえ。そろそろ店を閉めてどこぞかへ移って隠居したいって者も増えていたのさ。そこへ三年近く前だったか、地元の代議士がついに動き始めた。ほら、あの大村って民自党の議員だ。知ってるだろ。それからとんとん拍子に話が進んで、あっという間にこの通りさ」


 大村と聞いて、渕上は四角い黒縁眼鏡をかけた貧相な男の顔を思い出す。


 まさに、ちょうど渕上がこの区域を重点的に攻め始めた直後あたりから急転して計画は加速し、そのまま今に至る、ということであるらしい。


 この周辺が地盤の大村という衆議院議員は、テレビでもよく見る大臣経験のある大物議員だった。


 多くの地主はこの後に建設されるマンションの眺めのいい一室を手に入れることになり、ご満悦ということだ。


「親父さんもそうじゃないの?」


「いや、うちは借家だから全く一円にもならねえよ。だから、ぎりぎりまでこうして店を開けてるんだ」


 西口駅前の雑多な繁華街を解体した後には、二棟のタワーマンションが建つ予定だそうな。


 一階と二階には二十四時間営業の巨大スーパーマーケットとファミリーレストラン、おしゃれなカフェや若者向けのお店が入るショッピングモールができるそうだ。


 防災上の観点からも街の発展のためにも、以前から大いに望まれていた壮大な計画である。


 聞くところによれば、渕上の住む東口側でも今、大規模な再開発の計画があるという。

 まあ、これが時代の流れなのだろう。


 渕上は、勘定をして店の外へ出る。五月とは思えない蒸し暑い南風が、街に吹き付けていた。


 また新しい風が、自分を呼んでいる。


 それならば、明日からは東口の再開発に協力すべく、あちら側を中心に飲み歩くか。


 渕上は寂しげな笑いを浮かべて、重い足で家路を辿った。



 了




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