第6話 hole

小さな頃、お部屋で暴れて壁を壊したこと、あって。


その穴の向こうが怖くて泣いたこと、あった。



それまで気にしてなかったのに。



「けっこうおてんばなんだね」とフェルディナントは笑う。



「うるさい」と、わたしはラジオを消そうとした。


「あ、急に止めるとショックが大きいよ」と

フェルディナントは笑った。


彼がいないときのワーゲンは、ただのワーゲンだ、と。








「そんなことよりさ、走ろうよ、楽しもうよ」フェルディナントは、少年っぽい口調で言うので

わたしは、楽しくなった。


ビーナスライン、と言う名の登山道路を登る。


右、左とカーブすると、ぐんぐん標高があがり

涼しくなる。


「カーブでアクセルをゆっくり踏んで、戻しちゃだめだよ」


フェルディナントは、ドライブの先生みたい。



「こう?」



アクセルを踏み込んでカーブを曲がると、後輪がぐ、と

後ろから押してくる感じ。


それが、だんだんカーブの外へ外へ、と。

車は、内側を向く。


「そうそう、上手だね。」



慣れてくる。カーブの手前から後輪を外向きにして

ハンドルはほとんど戻したまま。



「うん。すごい。レーシングドライバーみたい」



フェルディナントがほめるので、私はうれしくなった。


峠を登り切ったところに、細かい砂利が敷いてあるパーキングがあったので


そこに、ゆっくりとワーゲンちゃんを止めて

すぐそばに見える、青々としたアルプスの峰と

青空、高原の白い雲を楽しんだ。


風は清々しくて、秋の気配すら感じられるようだった。



シートをすこしリクラインさせ、バスケットの

サンドイッチとミルクティを頂く。


「一緒にランチできなくて残念だわ」と、わたし。



「残念かどうかは、味次第だなぁ」と、フェルディナント。



「失礼ねぇ、わたしはこれでも料理上手で通ってるんだから」ちょっと怒って(笑)




「まあ、そうしとこうか。僕も残念さ、そのサンド、マスタードの代わりに和辛子が塗ってあるみたいだけど」と、フェルディナントが言うので


わたしは、胡瓜とレタスのサンドイッチを喉に詰まらせて(笑)


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