外れスキルの追放王子、不思議なダンジョンで無限成長
ふなず/角川スニーカー文庫
第1話 プロローグ①
王宮には魔物が住む──と言われている。
実際に王宮内で魔物が闊歩しているという意味ではなく、陰謀溢れる王宮内では、魔物より非道な人間が育まれるということだ。
王位継承権を巡る熾烈な派閥争いにより、俺の兄弟たちも互いに憎しみ──相争い、その数を減らしつつある。
こう考えると俺たちは魔物と生態を共にしているのでは?
そんな益体もないことを考えながら四頭立ての馬車に揺られている。
馬車の窓から見える、馬に跨った護衛たちは──傷一つ無い鎧と高そうな剣を佩いていて、険しい表情で油断なく任務に励む姿は王族たる俺にふさわしいだろう。
それに颯爽と魔物を屠る宮廷魔術士は何と頼りになるのだろうか……。
「オーク三体確認。対魔物魔術詠唱開始!」
火炎弾が勢いよく飛んで魔物が爆散するが、車輪は知らないとばかりに回る。
「騎兵は散開しつつ残敵を掃討せよ! 馬車に一匹たりとも近づけさせるな!」
剣が唸りを上げて魔物の首が飛び、馬車を引く馬がひひんと鳴く。
王都を出てから何日経ったかもう忘れてしまった。街道すら無い無人の草原を俺達はただ進んだ。そんな旅の終わりは乱暴に開けられた馬車のドアが知らせてくれる。
「ここが俺の領地か」
馬車の扉を開けて大地に降り立つ。今、俺は何一つない草原の上に佇んでいる。風が吹くと緑の大地がなびき、とても綺麗だ。
「それではアンリ殿下、ご健勝をお祈りします」
護衛はパンや水が入った大袋を馬車から無造作に放り投げるので、俺は仕方無しに大袋を屈んで拾う。
これは私物であるので当然のごとく俺のものだ。
「殿下……宜しければ私の剣を、それと……ハーフェンで追加の物資を買い求めておりました。よければ、こちらをお持ちになって下さい」
五人いる護衛の内の一人。年若の護衛は俺を心配してくれていた。
反面、他の護衛は眉をしかめて〝世間知らずの若者〟を苛立ち混じりに睨みつけている。
「勘違いするな下郎が。俺は誇り高きボースハイト家の生まれだ。決して乞食の真似事はしない」
俺の冷淡な言葉に若者は萎縮した。冷ややかだった周りの護衛の目は憎悪を含んだものに変わる。
ボースハイトの家名──王国の第十二王子に相応しいものに。
「図に乗るな。失せろ」
「そんな……私は……良かれと思いまして……」
若者が追加の大袋を地面に落とす。出来れば飛びついて今後の生活の糧にしたいが、ぐっと堪える。親切心が乾いた心に染み渡るようだ。
「だから言っただろう。王族に期待すんなって。こいつらは俺たちのことなんて路傍の石以下としか見てない」
遠巻きに見ている宮廷魔術士には聞こえない小声で、年かさの護衛が若者に注意した。
「ですが隊長。私は……」
「アンリ殿下……いやアンリの目を見ただろう。濁った目……こいつも悪魔の一族だよ。もう関わり合いになるな。これは命令だ」
若者以外の護衛がこちらを睨みつけてから騎乗する。
馬が嘶きを上げて車輪がゴトリと音を上げれば、馬車はどんどんと進んで、遠くに消えていった。
若者は唇を噛み締めていた。悔しいのだろうか。裏切られた気分なのだろうか。
「悪魔の一族か。確かにそうかもな」
あの若者には酷いことをしてしまった。いや俺と同い年くらいだから若者と呼ぶには語弊があるか。
だが……これで、良かった。
争いに明け暮れる王宮は伏魔殿なのだ。もし俺に剣を、いやパン一つでも渡そうとするならば、監視役の宮廷魔術士は見逃しはしない。
制裁はあの若者が想像も出来ないほど悪意に満ちたものになる筈だ。父母や妻子、大切な人が残酷な手法で処分されるだろう。
「はぁ……」
ため息を一つ。
俺の状況を端的に言うと──追放の一言に尽きる。
十六歳の成人の儀において言い渡された任は、この草が広がる地の領主になる事だった。上の兄達がニヤニヤと笑っていたので、何かしらの手回しをしたのだろう。
「クズどもが! 俺が何をしたと言うんだ、フザケやがって……!」
苛立つ気分は土を蹴ってもごまかせない。惨めな気分が倍増されるだけだ。
この仕打は激化する派閥闘争の余波とも言える。腹違いの兄たちは暗殺ではなく追放を選んだ。俺が務めを果たせずに、この草原で魔物に喰われることを期待しているのだろう。
草草草、草しか無い。遠くに山も見えるが、それがどうしたというのだ。俺の憤懣はやる方なしである。
さらに俺を嬉しくさせてくれるのは、ここは国境付近の見捨てられた地であることだ。もっと王国内に進めば防壁に囲まれた都市があるが、歩いて行ける距離ではない。
魔物や盗賊が跋扈するこの地に安息は無く、統治するにも費用対効果が薄くて王国内でも半ば放置されているのだ。
「隠れられる場所を見つけないと、魔物に喰われそうだな……」
大袋を引っ掴んで草原を探索することにしたのだが、山を見やればワイバーンの群れが悠々と飛んでおり、俺の心胆を寒からしめた。
あれがもし気が変わって草原に降りてくれば、一瞬のうちに殺される。もしくはワイバーンのヒナの餌にされる。
「もう嫌だ……ベッドで眠りたい」
できるだけ姿勢を低くして草原を進む。手持ちの食料を考えると、安全な場所を今日中に確保しないとマズイ。そして明日には食料を自給する手段も考えないといけないのだ。
「呪われろボースハイト家よ。呪いあれ。断絶しろ」
ぶつぶつと呪詛を吐くが事態は好転しない。そもそも俺もボースハイト家の一員なのが腹立たしい。
いつか王宮を俺の手で燃やしてやる! と心に誓ってから草原をトボトボと歩いた。
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