【類型】占い師
昔から論理的に物事を考えるのが好きだった。そして論理を極めると、ほとんどの人がその間につながりが感じられないようなことまで、つながっているということが分かるようになった。
よく男性と女性が喧嘩をするとき「それは今関係ない事でしょ!」と怒鳴り声が飛び交う。喧嘩の原因とは関係のないと思われる昔のことを掘り返すからだ。でも実際のところ、それもまた原因のひとつであるということを、私は学んだ。
「つまり、木村さんは今出会いを求めていて、しかも木村さんご自身が出会いを惹きつけつつあります。鏡を見たとき、昔より自分が綺麗になったと思いませんか?」
「思います」
「いわゆるモテ期ってやつですね。自覚しようがしまいが、異性を惹きつけてしまう時期に差し掛かってます。でも運命っていうのは、ご本人の選択や気持ち次第で、大成功になったり、大失敗になったりします。大きなチャンスであるほど、間違ったことをすると台無しになってしまいます。木村さんはこの先幸せな出来事がたくさん起こると思うけど、油断しちゃいけません? こういう時が一番危ないんだから、臆病になるのもダメだけど、ちゃんとよく考えて動いてください。変な男には引っかからない事。わかりました?」
「わかりました。ありがとうございました!」
占い師は天職だと思う。私は胡散臭いオーラだとか透視だとかは一切使わない。ただ私が感じたことを、そのまま言うだけ。できるだけ相手が信じられるように、相手のためになる言葉を伝えるだけ。
世間一般では占い師というのはあまりいい印象はないけれど、同業者のうちの半分以上は私と同じタイプだ。オカルトチックなことを言うのも、別にそれを信じているわけでも、騙そうとしているわけでもなく、ただその方が相手のためになるから、そうするに過ぎない。
占い師は、優しくて真面目な人が多い。お客さんがこの先、自分らしい道を自分で選択するための手助けをするのだ。
その日最初のお客さんは、男性だった。綺麗な丸刈りだったから、お坊さんか何かだと思った。男性のお客さん自体は珍しくないけれど、お坊さんが来ることは滅多にないので、少しだけ緊張した。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
二十二歳、男性。整った眉に、鋭い目つき。四角い眼鏡はキレものという印象で、口元は上品に微笑んでいる。老けているわけではないけれど、実年齢よりも高くみられるタイプの顔つきだ。僧服が似合いそうな細身の体型で、やっぱりどこかの若いお坊さんだと思った。質問表の職業欄は空白だったので、それについては言及しないように気を付けることにした。
それにしても、捉えどころのない質問票。時々そういう人がいるのだが「インチキを暴いてやる」という目的をもってやってくる人がいる。迷惑極まりないけれど、客は客。できるだけ誠実に対応して、悪い評判が立たないようにするだけ。でも目の前にいるこの人は、そういうことをするような下品な雰囲気がなかった。
「その、人生相談ということですが、今どんなことで悩んでいられるのですか?」
「悩み、ですか。まぁ悩み自体はあげていけばきりがないほどあるんですが、やっぱ色んなことを悩んでいると逆に、ひとつのことで堂々巡りするよりも気楽だし、健康でいられるんです。実は、悩みを聞いてほしくて来たのではなくて、今の自分は人にどのような印象を与えるのだろうと気になって、来てみたんです。やはりたくさんの人を観察して、評価してきた人というのは、占い師の方に違いないなと思ったので」
理路整然と、滑らかに、自分の気持ちを明らかにするその姿は、見ていてとても気持ちがよかった。
「率直な感想としては、とても誠実で素敵な人だなぁと思いました。私は、あんまりオーラとか透視とかそういうオカルトチックなことは言わないようにしているので、それくらいしか言えませんが」
「えぇ。そういう評判を聞いて、村上さんを指名したんです。私もあまりそういうのは得意ではないので」
「なるほど……なるほど」
少しだけ話が止まった。
「私みたいな客というのは多いのでしょうか? 今の自分が、他者からどのように映るのか気になって、見てもらいに来る人」
「そうですね。そういう人は、結構います。でも、宮瀬さんみたいに、そのことを落ち着いて説明できる人は、初めてです。やっぱり自分が他人からどう見られているのか分からなくて気になってる人は、余裕がなくて会話が得意じゃない人が多いので」
「ということは、やはり私は奇妙でしょうか?」
その奇妙という言葉自体が奇妙な音で響いたので、私は少し笑ってしまった。宮瀬さんは嫌な顔を少しもせず、つられて笑った。
「いえ。奇妙だと思う人はいらっしゃるかもしれませんが、私はそうは思いません。同業者の方と話しているときと近い感じですね」
「同業者……あぁ。やっぱりそんな感じですか。知り合いから色々相談事を持ち込まれることが多いんですよ、僕」
「でしょうね。占い師、向いてると思いますよ。落ち着いていて、説得力がある。なんか上から目線みたいになっちゃいましたね。ごめんなさい」
「いえいえ」
でも、この人は本当に何の職業についているんだろう? 僧侶というには違和感がある。いや、僧侶というのも昔から人々の悩みを聞いて解決したりする役割も担ってきた職業だ。だから、私が同業者のようだと感じたことは間違いじゃないはずなのだが、でもやっぱり何か違和感がある。何だろう? 気になる。
「その、今僕、山で暮らしているんです」
「へ?」
私は思わずを口を手で隠した。山?
仙人かな? と思って笑ってしまった。失礼なことをしたと思って、頭を下げた。
「二年ほど前に大学をやめて、山でひとり暮らししてたんです。仙人になろうとしたわけじゃないんですけど、なんだか俗世というものに嫌気がさして。このご時世、どこのお寺も神社も、どこか世俗的なものですので、やっぱり自然と二人きりになるしかないなぁ、と」
「な、なるほど。そうだったんですね。でも、暮らせるんですか?」
「えぇ。街に降りるまで車で一時間くらいかかりますけども。時々買い出しに出かけて、図書館で本を借りて。童心に帰って昆虫の標本を作ったり、植物図鑑片手に花やキノコを観察したり」
「へー。楽しそうですね! あーいいなぁ。えー。いいなぁ」
仕事の最中であることも忘れて、感心してしまった。この時代でも、そういう生き方ができるんだと、嬉しくなったのだ。
ちょっと魔がさして、この人の連絡先が欲しいと思ったし、また話したいと思ったけれど、自分を抑えた。仕事の方が大事。ルールは守らなくちゃ。
でもこの人は、そういうことに縛られずに生きている。羨ましいな、と思った。
「でもやっぱり、人恋しくなるものですし、自分が今どういう存在なのか分からなくて不安にもなります。ひとりで生きようとしてみて、やっぱりひとりで生きるのって難しいんだぁと身に染みて感じたんです」
「ということは、山を下りるご予定なんですか?」
「いえ、元々携帯電話やインターネットが苦手ですし、人が多いのも息苦しくて辛いんで、山暮らしをやめるつもりはないんです。ただ、このまま朽ちていくのも寂しいので、この先何か、意味のあることをしたいなぁと思って」
「意味のあること……」
この人に、占い師の職業を勧めようかと思いついたが、それもぐっと飲みこんだ。この職業は、無理強いはNGだ。何をするにしても、相手がはっきりと望んだ事以外を提案するのは違う。相手がだれであっても、信用を失うリスクは取れない。
結局私は当たり障りのない方向に話を流した。宮瀬さんは終止穏やかな表情で、楽し気に話してくれた。
「あ、時間ですね。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。あまり役に立てるようなことをいえなくて申し訳ありません」
宮瀬さんは首を振って、笑った。
「またお願いします。多分一か月後くらいに」
こういう人もいるんだなぁと思った。職業柄、一人の人に執着しすぎるのはよくない。今日は仕事が詰まっている。次の人にちゃんと集中しよう、と思った。眠る前にでも、宮瀬さんについて少し考えよう。そうやって、気になる人のことを割り切るのだ。
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