【番外編】瞬殺幼女〆アデッサ

 時をさかのぼること十余年。ヤーレンの王宮の一室。オフホワイト地に金のかざふちで統一された家具やカーテン。可憐な花柄が織り込まれたワインレッドの絨毯じゅうたん。まさに優雅さと気品に満ちた室内。


 ダリア・ヤーレンコリャコリャはその中央へ据えられた丸テーブルでひとり、お茶を飲みながら厚い本のページをめくっていた。


 ページをめくる右の指先に刻まれているのは、先日、十五歳の誕生日に女神から授かったばかりの【時の紋章】だ。時を操り、一度だけではあるが対象の時を巻き戻すことさえできる、まさに神の力を持つ【時の紋章】が授与されたことは大陸中の大きな話題となっている。


 ふと、ドアが開かれる気配に気づき、ダリアは振り返った。


「あら、アデッサ。いらっしゃい」


 ドアの脇から今年六歳になった末っ子のアデッサがのぞいていた。


 アデッサがいつものように抱っこしてもらいに来たのかと、ダリアは本をテーブルに置き膝を向け、両手を差し出した。『アデッサったら、本当に甘えっこなんだから。仕方のない子ね』と、心のなかで言いつつも、姉妹のなかで孤立しがちなダリアは何故か自分にばかり甘えてくるアデッサが可愛くて仕方がない。


 ところが、今日のアデッサは様子が違う。ドアのかげからダリアのもとへ、とことこと歩み寄ったのだがいつものように膝の上には跳びこまず、もじもじとしながら、なにやら瞳を潤ませている。


 ――ははーん……なにかやらかしたわね。


 ダリアは泣きそうになっているアデッサが一層愛らしくてたまらなくなった。


「ダリアねえさま……」


 もじもじしながら頑張って声を出すアデッサ。

 だが――ダリアはもったいをつけ、あえてツンとした表情を見せる。


「あら、なにかしら?」


 アデッサはいつも優しいはずのダリアの冷たい態度にびくっと震えた。

 そしてしばらくの間ほっぺを真っ赤にして考え込んだあと……


「おとうさまのだいじな花瓶をわっちゃったの……」


 そういうと、アデッサは泣きながらダリアに抱き付く。


 腹違いではあるが、女ばかりの十三人姉妹の中でまるで男の子のような顔立ちの末っ子、アデッサは皆の人気者だ。そのアデッサに好かれていることはダリアにとってはステータスのひとつとなっていた。


 ――くぅー可愛い! 花瓶のひとつぐらい、お姉様が【時の紋章】でいくらでも直してあげるわよッ!


「まっ! それは大変!」


 ダリアはわざと驚いたふりをした。

 ビクッとして、声をあげて泣き出すアデッサ。


「よしよし、大丈夫よー。ダリアお姉ちゃんが助けてあげますからね」



「……こ、これを……割ったの? アデッサ……」


『どうせ廊下の花瓶でも引っ掛けたのだろう』と思っていたダリアは愕然がくぜんとした。


 アデッサがダリアを引っ張っていったのは王族しか立ち入りを許可されていない宝物庫。その中央に飾られている至高の宝、世界に二つとない壺、【ヤーレンのあかつき】の前……いや、元【ヤーレンのあかつき】だった瓦礫の前だった。


 ダリアの顔が蒼白そうはくとなり、目眩めまいでその場へへなへなとしゃがみこんだ。


「アデッサ、これ、お父様……いえヤーレン……いえ世界で一番の宝もの……」


 再び声をあげて泣き出しそうになるアデッサ。


「あー、大丈夫大丈夫大丈夫!! お姉ちゃんに任せなさい!」


 ダリアは立ち上がると右腕を砕けた壺の欠片へと向ける。右腕の薬指に刻まれた【時の紋章】から銀色の古代文字の帯が噴き出した。広い宝物庫に一瞬、銀色の光が満ちる。


「わあああ! ダリアねえさましゅごい!」


 ぽかんと口を開け、目をまんまるくして喜ぶアデッサ。

 さっきまでの涙が嘘のような満面の笑みをうかべてぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「えへへへ」


 ダリアは腰に手を当てて笑顔で応える。そこへ――


 パリン


 と、【ヤーレンのあかつき】が割れる音が宝物庫に響いた。


「ねぇ、ダリアねえさま、もう一回やって!」

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