掌編小説

ヤクモ

 吹雪の中、頼りになるのは私以外の足跡だ。雪が無ければ粗悪なアスファルトの歩道のはずだが、真冬の今どこが歩道でどこが車道か定かではない。仮に日が差していても、今度は雪が反射して、やはり道はわからなくなるだろう。

 外に出たときは雲一つ無い晴天だったのだが、今や日光のぬくもりどころか、自身の吐く息すら冷たい。

「くそっ」

 悪態なんて滅多につかないが、誰にぶつけるわけでもない怒りを吐き出さずにはいられなかった。



 今日は午後から天気が悪くなるらしい。髪をまとめながらテレビを見ていた君はふと言った。在宅ワークを中心としている私にはさほど重要ではない情報だが、「そうなんだ」と適当に相槌を打つ。

「行ってくるね」

 いつものように玄関で君が出ていくのを見たときに、気づくべきだった。昨日の夜、「明日この資料を持っていかなくちゃいけないんだ」と玄関先に置いていた大きな梱包が君の胸に抱かれていないことに。



 いくら愛しているからといって、そこまでする必要は無いんじゃないか。そもそもなぜタクシーを使わなかったのか。私もまた君を叱れないほど間抜けなのだろう。

 あと5分もせずに君の勤め先に辿り着くだろう。見かけによらず軽いこれが何なのか、君に確かめなければ。

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