第21話 1人語り
2人して家に帰ってきて、ようやく手を離した。帰宅したということで手を洗い、俺はカバンを持って2階に。自分の部屋にカバンを置いて、上着を脱いだ瞬間にふと我に返った。
「……何やってるんだ。俺は」
さっきまでの行動を自分がやったとは信じられなかった。全てを勢いに任せすぎた。急に顔が赤くなってくる。やばい。やってる行動が明らかに勘違い男だ。完全に今までの俺と違った行動したもんだから、変に思われているに決まってる。
クレープに誘うまではまだ良かった。
「どうして手ぇ、握ったんだよ。俺」
本当に何も考えていなかった。ただ、クレープを食べたそうにしている陽菜を無視して家に帰るというのが心苦しかっただけだ。あと付け加えるとクレープを食べて喜んでいる陽菜が見たかったってのもある。
でも、だからって。
「手を繋ぐか……? 普通……」
自分で自分が分からない。こんなことをするような人間じゃなかったはずだ。そりゃ本音を言えば、陽菜と手をつなげて嬉しい。それは本当だ。でも、陽菜は嫌がってるかも知れない。
「でも、握り返してきたよな」
俺は息を吐き出す。嫌じゃなかったっていうことか。嫌じゃなかったってことだろう。じゃないと、手を握り返さない。
「嫌われては……ないよな」
むしろ好かれていると思う。自意識過剰だと思われたくないので誰にもこんなことは言えないが、好かれてないと手は握り返してこないはずだ。手を握れて、嬉しかった。握り返してくれて、嬉しかった。
分かってる。ごちゃごちゃと言葉を紡がなくても、どうして俺があんなことをしたのか。
「……好きなんだよな」
小さく。本当に小さく呟く。
今日、告白されて気が動転した。別に俺は誰とも付き合ってない。けど、バイトがあるからって断ろうとした。でも、その時一番に思い浮かんだのはバイトでも、お金のことでもなくて陽菜の顔だった。
「ああ、もう」
意味の無い言葉を紡ぐ。
髪の毛をぐしゃぐしゃと回す。世の中は思い通りにならないことだらけだが、こればっかりは本当にどうしようもない。人の感情を像に、理性を像使いに例えたのは誰だっただろうか。誰かからそんな話を昔に聞いたことをふと思い出した。
だけど俺がその気持ちを伝えることはきっとない。それは、理性ではなく感情によるものだ。陽菜を傷つけたくないという感情が、今の俺を縛っている。どれだけ陽菜が俺に好意を寄せてくれていたとしても、俺が陽菜に好意を寄せていたとしても、それはきっと叶うことは無い。
俺が彼女に対して抱いて良いのは純粋な好意だけだ。そして、自分のようになって欲しくないという願望だけだ。それに対して、俺がそれ以外の感情を抱くと、それは彼女に対する裏切り行為になる。
まるでこの行為に見返りを求めてしまうようになってしまう。
だから、
『蓮って本当にどうでも良いことばっか考えるよな』
岳の言葉がリフレインされた。
わずかに俺の思考が止まる。どうでも良いこと?
これは、どうでも良いことなんだろうか。
もっと原点に立ち返った方が良いのかも知れない。
どうして、俺はこうも陽菜に対する気持ちを押さえつけるのだろうか。
「嫌われたく、ないからだ」
そうだ。嫌われたくないのだ。
自分が彼女に対して、そんな気持ちを抱いているというのを知られたくない。知られたら、嫌われてしまうかも知れないから。
だから俺は毒づくように吐き出す。
「……人の心が分かれば良いのに」
そうすれば、こうして悩むこともないだろうから。
だが、そんなことは願ってもあり得ないのだ。
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「……まだ顔、赤いよね」
蓮君が上にあがってから、鏡で自分の顔を見なおした。授業が終わった後、女の子と一緒に歩いている蓮君を見て、居ても立っても居られなくなって教室を抜け出した。別に蓮君が誰と一緒に居てもいいのに。女の子と一緒には居て欲しくないって思ってしまう。
だから、教室の中に入れずに外で中の様子をうかがっていた時に、蓮君が告白されたときは驚きとともに「やっぱり」という感情もあった。蓮君はかっこいいし、どこか放っておけない時がある。それが好きな人だっているはずだから。
あの時は、本当に心臓の音が教室の中にいる2人に聞こえるのかと思うほど早くなっていた。もし蓮君がその告白を受け入れたら私は、どうすれば良いのか分からなかった。まっさきに嫌だと思った。蓮君が誰かの彼氏になるということが本当に嫌だった。
そして、それに気が付いた時に激しい自己嫌悪に陥った。素直に蓮君のことを祝えない自分の浅ましさが嫌だった。
「……蓮君」
彼の名前を呼ぶ。そして、唇に手を当てる。今日は彼から手を繋いできて、口元についたクリームまで取ってくれた。
いつもの彼とは全然違う積極的な姿勢に、私は蓮君の顔をまっすぐ見れなかった。顔を見たら、蓮君が何を考えてるか分かってしまう。もし、その中に私への『それ』が含まれていなかったら、私はおかしくなってしまうから。
だから、顔を見ずに手だけ握りしめた。
そうすれば、顔を見なくても夢を見ることはできるから。
「ああ、もう」
ソファーに座ったまま、誰に聞かせるわけでもない声を漏らす。蓮君はまだ降りてこない。だから、まだ自分の気持ちに正直になれる。自分のこの気持ちに気が付いたのはいつからだっただろうか。
はじめは、好意だった。家に行くところがなくて、でも下心もなく子供のような純粋な優しさで私を受け入れてくれた蓮君のことを優しい人だと思った。それが、気が付いたら彼のことで頭がいっぱいになっていった。
どうして、なんて聞かれても答えられない。
始まりに、理由なんて要らないからだ。
「どうして、人の気持ちなんか分かるの」
もう蓮君の顔が見れない。
見てしまったら、蓮君が私に対してどういう感情を抱いているのかが分かってしまう。この気持ちが一方的なものだと気が付いたら、私が汚い人間だと思い知ってしまう。蓮君の家に泊めてもらっているだけで、蓮君のことを好きな人の気持ちを踏みにじってしまおうとしている。
だから、もう顔を見れない。見たいけど、見たくない。
人の感情が分からない方が、よっぽど生きやすかったのに。
だが、どれだけ願ってもこれが消えることは無いのだ。
「蓮君」
だからせめて、言葉だけは紡がせて欲しい。
もし、彼に受けいられなくても。
せめて自分には正直でありたいから。
「好きだよ」
吐き出した言葉に、心臓が高鳴る。
言葉にするまでもなく、知っていること。
言葉にしたいほど、自分を占めているもの。
けれど誰に聞かせるわけでもない言葉は、やはり誰にも届かないのだ。
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