第19話 想い
「じゃあ蓮君、先にいくね」
「いってらっしゃい。陽菜」
お互いの名前を呼ぶようになってから、さらにお互いの距離が近づくなった。そして、前にもまして陽菜は笑う時が増えてきた。最初に出会った時は、消えてしまいそうだった笑顔は、今では太陽のような明るいものに変わっていた。
俺が朝食の食器を洗っていると岳が家のインターフォンを鳴らしたので、俺は適当に食器洗いを切り上げて登校した。
「なんか良いことあったのか? 蓮」
「良いこと? 特に何も無いけど」
「そうか? それにしては機嫌がよさそうだぞ?」
岳に自分では気が付いていなかったことを指摘されて、ちょっと驚いた。昨日から変わったことと言えば陽菜のことを下の名前で呼ぶようになっただけなのに。
「そいやお前、最近。顔色良くなってきたよな」
「俺が?」
「ああ」
岳が頷く。俺は少し考えて、思い当たる節を口にした。
「コンビニ弁当やめたからだろうな」
「弁当美味いんだけどな」
「あれは食いすぎだろ」
岳は運動部なのでかなり食事に気を使っている。帰宅部の俺とは違って、コンビニ弁当もめったなことでは食べない。そんな彼からすると、俺の食事は確かにおかしく映るだろう。
「それにしても、蓮が弁当を自作し始めるとはなぁ……」
「まだその話引っ張る? もう良いだろ」
弁当の話になると、俺は七城さんのことを誤魔化さないといけないので神経を使う。だから、なるべく弁当の話は避けたい。何しろ俺の料理のレパートリーは炒飯の1つだけだ。これで、岳から「これどうやって作ってんの?」なんて聞かれてみろ。答えられなくて終わりだ。
「だって、蓮。入学してからずっとコンビニで買ってたからよ」
「まぁ……。そうだな」
一人暮らしを始めたばかりで、右も左も分からなかった俺は料理をするということに目が向かなかった。かつて家族と過ごした家は数年開けていただけで、まるで他人の家のように映った。
見知っているはずの場所が、まるで新しい場所かのような違和感と気持ち悪さ。
そして、家にいることで思い出す家族のこと。何よりも俺の心を削ったのは、1人は大きすぎる家だった。最初のころは岳が遊びに来てくれた。それからしばらくかけて家に慣れて、料理に目を向ける様になったわけである。だから俺の料理が下手でも仕方ないのだ。言い訳終わり!!
と、俺が自分に言い訳した瞬間、岳が俺の肩に腕を回してきた。
「良かったな、蓮。いまは料理男子がモテるらしいぞ」
「何だよ、それ。どこの情報だよ」
「ネット」
「信用できねぇなぁ」
「そうか? 実は俺も葵にふるまう料理の練習してんだぜ?」
「えッ!?」
「ば、馬鹿。声がでけぇよ」
岳の意外な趣味に俺はビックリ。
思わずデカい声を出してしまった。
「お前が……料理?」
「んだよ。失礼なやつだな。蓮だって料理するんだから、俺だって飯くらい作るっつーの」
「そ、そうか……。うん、良いんじゃないか……?」
「蓮、俺が料理できないと思ってるな?」
「思ってる」
こいつとは家庭科の授業で同じ班になった時に一緒に料理をしたことがあるが、はっきりいって俺より酷かった。料理はおろか、包丁も危ないから持たせられないと同じ班の女子から言われたことは半年くらいネタにした覚えがある。
「はっ。俺だって頑張って目玉焼きくらいは作れるようになったんだぜ?」
「レベル低いなぁ。それマリオの1-1でクリボー倒したくらいじゃん」
「馬鹿。キノコ取ったくらいは進んでるっつーの」
「同じだよ」
「俺の母親が『アンタはこれくらいから』つってなかなかフライパンにすら触らせてもらえないんだぜ?」
「包丁を逆手で握る男がなに言ってんだ」
「……。いや、うん。そういう時もあった」
岳は静かに唸った。
そのタイミングで、タイミングよく学校についたので料理の話はいったん終わりとなった。
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放課後。帰ろうとすると別のクラスの女子から話しかけられて、足止めを食らった。
その日は岳が彼女と一緒に帰る日で、幸いなことに俺もバイトが無い日だったので特に気にすることもなく彼女の後ろをついていった。何でも人前で出来ない話らしい。
何なんだろうと思いながら、A組の前を通った時に教室の中を見ると相変わらず陽菜は誰かに周りを囲まれていた。その表情は笑顔だったけど、どうにも顔の筋肉が引きつっているようで、俺はどうして彼女が仮面をかぶっていることに今まで気がつかなかったんだろうと思った。
こんなにも分かりやすく、笑顔が違うのに。
「秋月君」
誰もいない空き教室に連れてこられて、俺は名前も知らない女子に目を見つめられた。多分、隣のクラスの女の子だったと思う。俺はどうしてここに連れてこられたんだろうか? と、考えながら彼女の目を見つめた。
目の前の少女は揺れる瞳の中に一筋の光を灯して、はっきりと言った。
「好きです。付き合ってください!」
と。
最初は聞き間違いかと思った。だって、俺はその子と喋ったこともなかったから。メッセージアプリの連絡先も好感していない。だから、人を間違えたのかと思って俺は聞き返した。
「…………俺?」
「はい!」
いや、そういえば最初に俺の名前を呼んでた気がする。なら人を間違えてるって可能性は0か。
俺は少しだけ考えた。
告白を受けても別に誰にも文句は言われない。岳なんかは俺にようやく春が来ただのなんだの言って喜ぶだろう。でも、引っかかる。心の中で、何かが引っ掛かるのだ。
頭の中に、陽菜の顔が浮かんでくる。浮かぶなというのに、俺の頭に反して陽菜の顔だけが強く俺の中に強く印象付けられる。分かってる。これが何なのかくらい。言葉にするまでもなく、こればかりは何よりも分かっているから。
「ごめん」
「……っ」
目の前にいる女子の顔が歪む。
俺はどうすれば上手く断れるかと思って、いろいろと考えるのだがすぐに答えは出ない。けど、絶対にこれだけは伝えないと行けない。
「……ありがとう」
「……うん。ごめん」
それだけ言って、名前も知らない彼女は教室から出て行った。俺は深くため息をついた。今ので良かっただろうか? うまく断れただろうか? 俺が答えの出ない問いに悶々としていると、教室の入り口から見慣れた女の子が入ってきた。
「秋月君」
「ひ……七城さん」
危ない。陽菜と呼ぶところだった。
「さっきの女の子、泣いてたけど何かあったの?」
「いや、何でもないよ」
俺はそう言って、机の上に置いていたカバンを取った。きっと陽菜は何が起きたか気が付いている。でも、陽菜には説明できない。説明すれば、お互いの関係が壊れてしまいそうになるから。
「俺は帰るけど七城さんはどうする?」
「帰ろうかな」
帰宅部は既に帰宅し、部活に入っている人たちは部活動に精を出しているだろう。いま俺たちが学校にいるのは、不思議と生まれた空白時間だった。
「一緒に帰る?」
だから俺は冗談めかして、陽菜に尋ねた。
「うん、帰ろ」
けれど、陽菜は顔を真っ赤にしながらそう答えた。
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