第25話 新しい年が始まる。
おじいちゃんの家の三階にある屋根裏部屋。
天井はちょっと低いけど、広くてきれいに整理された、日菜のための部屋だ。
その屋根裏部屋の壁にかかっていた古いカレンダーを外して、新しいカレンダーにかけ直したのは大晦日の夜。昨夜のことだ。
朝になってみても、やっぱり新しいカレンダーは新しいカレンダーのまま。
ついに新しい年が始まってしまった。
あと三か月で、日菜はまた転校しないといけない。
奈々や彩乃と、またいっしょに学校に通えるのはうれしい。
でも、真央や千尋、和真や大地――それに、悠斗とお別れをするのはさみしい。
――そうだ、私……さみしいんだ……。
朝起きて、新しいままのカレンダーを見つめて。日菜はきゅっと唇を引き結んだ。
秋祭りのあとから、ずっと考えてた。
でも、タイミングがいいんだか、悪いんだか……。
例えば、となり町の駅前にある巨大なクリスマスツリーをいっしょに見に行く約束だとか。
例えば、冬休み中も喫茶・黒猫のしっぽで毎日、夕飯をいっしょに食べる約束だとか。
悠斗との楽しみな約束ができてしまって。悠斗に満面の笑顔で、
「日菜といっしょにいられるの、うれしい!」
なんて、言われてしまって。ついつい先延ばしにしてしまっていた。
喫茶・黒猫のしっぽは十二月二十七日から一月四日までお休みの予定だった。
でも、悠斗のお母さんの仕事が立て込んでいるとかで、お休みに入るのが一月四日からなんだそうだ。
日菜もいることだし、それならと夕飯の時間だけ臨時開店することになったのだ。
便乗して石谷もコーヒーを飲みに来ているから、いつもどおりの夕飯だ。
でも、一月一日の今日は特別で。悠斗と日菜が初詣から帰ってきたら、四人でお昼を食べる約束をしていた。
お正月らしく、おせちとお雑煮を食べるのだ。
「日菜とお正月が過ごせるの、うれしい!」
なんて、やっぱり満面の笑顔で悠斗に言われてしまって。やっぱり冬休みが明けてから……なんて、思っていたのだけど。
日菜は壁のカレンダーを見つめて、唇を噛んだ。
カレンダーに書かれた昨日よりも一つ増えた年と、一月と言う文字を見たら急にさみしくなった。このまま、言えないままお別れするのは怖いと思ったのだ。
ぎゅっとスマホをにぎりしめたあと、日菜は画面に文字を打ち込んだ。
今の日菜は、九か月前の。西中に転校してきたばかりの頃とは違う。
悠斗に言われて。悠斗との距離を縮めたくて。悠斗のことを好きになって。
正直で、素直な気持ちを伝えるように努力した。伝えられるように、なったと思う。
きっと、悠斗への気持ちも。正直に、素直に、悠斗に伝えられる。
伝えられる……と、思うけど。でもやっぱり誰かに背中を押してほしくて。
がんばれ、と応援してほしくて。
『今日、初詣の帰り道。悠斗くんに告白しようと思います』
奈々と彩乃とで作ったグループと、真央と千尋とで作ったグループ。
二つのグループに、明けましておめでとうのメッセージのあと。恥ずかしいけど、決意をこめて宣言を送ったのだ。
四人なら全力で背中を押してくれる。応援してくれる。
そう思ったから。
チカチカとスマホが光った。メッセージが返ってきたのだ。
緊張で震える指で画面を開いた日菜は、
『え、今更?』
『遅すぎでしょ』
『クリスマス前でしょ、普通』
届いたメッセージに、がっくりと肩を落とした。ですよね……と、思いながら。
上から順に奈々、千尋、彩乃からのメッセージだ。違うグループのメッセージは見えていないはずなのに、なんだか話がかみ合ってる気がする。
と、――。
遅れて真央からメッセージが届いた。わずかな望みをかけてメッセージを開いた日菜は、
『今日は寒いから、しっかり暖かくして出かけるようにね』
温かいけど、思っていた応援とはかなり違うメッセージにうなり声をあげた。真央は年が明けても真央だ。
苦笑いして、日菜はスマホを机に置いた。
そろそろ出掛ける支度をしないといけない時間だ。
冬用コートを羽織って、マフラーを巻いて。真央の言うとおりにしっかり暖かくして。
最後にお出かけ用のカバンをななめにかけた。
振り返ると、スマホがチカチカと光っていた。悠斗からのメッセージかもしれない。
スマホを手に取って、メッセージを確認した日菜は、くしゃりと笑った。
『今さらだとは思うけど……がんばれ!』
『大丈夫、行って来ーい!』
『落ち着いて、深呼吸』
奈々、千尋、彩乃の順に、メッセージが届いていた。
最後に遅れて、
『何かあったら言いなさい。そのときは白石を締め上げてあげるから』
真央からのメッセージも届いた。
――真央だけ、やっぱり応援じゃない気がする。
日菜は思わず苦笑いした。
でも、おかげで手の震えはぴたりと止まった。
と、――。
『準備できた! 初詣、行くぞー!』
悠斗からのメッセージが届いた。それと、OKと書いてある看板を掲げた黒猫のスタンプも。
悠斗は最近、猫のスタンプばかり使っている。
真央と千尋に野良猫扱いされたときには、すねていたのに。今では、すっかり猫扱いを受け入れているみたいだ。
奈々と彩乃、真央と千尋とのグループそれぞれに、敬礼しているインコのスタンプを送って。
『わかった。今から出るね!』
悠斗にはインコが羽を広げて跳ねまわっているスタンプを送って。
日菜はスマホをカバンにしまいながら、階段を下り始めた。
カバンにしまうとき、視界の端でスマホがチカチカと光るのが見えた。
きっと悠斗か、真央たち四人からの返事だろう。
日菜は届いたメッセージを確認しないまま。階段を軽い足取りで駆け下りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます