第17話 悠斗くんらしいでしょ?

 元いた東中では、教室内であれば好きなように席を移動して、仲の良い子といっしょにお弁当を食べてよかった。

 でも西中では、席移動は認められていない。授業を受けているときと同じように黒板の方を向いて、黙ってお弁当を食べるのだ。

 食べ終わったら教室を出て行って構わない。まだ食べている子がいるから騒いだり、走りまわったりするのはなしだ。


 ほとんどの男子は大急ぎでお弁当をかきこむと、グラウンドに出て行ってしまう。

 悠斗もほとんどの男子と同じくらいのいきおいでお弁当をかきこむのだけど、そのあとにすることはいつもどおり。読書だ。


 日菜と真央、千尋の三人は目配せして食べ終わったことを確認して、いっしょになって教室を出た。

 中庭が眺められる一階の渡り廊下が定番のおしゃべり場所だ。


「白石。明日、来ないの? 日菜が誘ったのに?」


 階段を下りながら悠斗の返事を伝えると、千尋はこれでもかというくらいに目を見開いた。


「意外ね。日菜が誘ったら、ゴロゴロとのどを鳴らしてついてくるものと思ったわ」


 真央も真顔でパチパチとまばたきしている。


 ――やっぱり猫扱いだ。


 二人の反応に、日菜は苦笑いした。


「予定でもあるのかしら」


「……あの白石が?」


「そうよね。あの白石だものね」


 悠斗が聞いたら唇をとがらせて怒りだしそうなことを言って、真央と千尋はそろって首をかしげた。


「理由は聞かなかったの?」


「うん、なんとなく聞きそびれちゃった。でも、悠斗くんだし。きっと本を読みたいだけじゃないかな」


 日菜がへらへらと笑いながら答えると、真央はすっと目を細めた。


「でも、どうして秋祭りに行かないのか。白石に理由を聞いてはいないんでしょう?」


 いつもよりも少しだけ強い口調の真央に、日菜は反射的に下を向いた。


「白石なら隠さず、答えてくれるだろ? 聞いてみなって」


 真央とは逆に、いつもよりも明るい声で千尋が言った。日菜と真央のあいだに流れる空気がぎこちないのを感じて、場を和ませようとしたのだろう。

 それに気が付いた真央はハッとして、目を伏せた。次に顔をあげたときには、いつもどおりにほほえんでいた。少しだけ困り顔だったけど。

 日菜も笑みを返そうとして――結局、うまくできなかった。


 真央と千尋が言うとおりだ。


 どうして秋祭りに来ないの? と、聞けば、悠斗はすぐに理由を教えてくれるだろう。

 いまさら? と、不思議そうな顔はするだろうけど。絶対に誤魔化したり、うそをついたりなんてしない。

 そう、悠斗は誤魔化したりも、うそをついたりもしない。


 日菜が悠斗に聞けない理由は――答えを聞くのが恐いからだ。


 自由研究や夏祭りで仲良くなれたと思っていた。

 和真や大地、真央や千尋と話しているときと、日菜と話しているときの悠斗の表情は違うような気がしていて。

 真央や千尋にも、なつかれてる、なんて言われて。

 日菜になら、いつなでられてもいいよ、なんて言われて。

 自分は悠斗にとって特別な存在なんだって思ってしまった。


 でも、昨日。

 秋祭りに行こうと誘ったのに断られて。その気持ちはあっさりと揺らいだ。


 自由研究も夏祭りも悠斗の気が向いただけで。気まぐれでいっしょにやってみたし、行ってみただけなのかもしれない。

 実際にやってみて、やっぱり違うな、なんて思ったんだとしたら――。


 ――俺、やっぱり一人で本を読んでる方がいいや。だから、秋祭りは行かない。


 なんて、あっけらかんとした、いつもどおりの笑顔で言われたりしたら――。


 ずきりと痛む胸にきゅっと唇を噛んだあと、


「行かない。本、読みたいし……って、何度も言い過ぎて、うっかり言い忘れちゃっただけだよ。悠斗くんの中では言ったつもりになってるんだって。正直に、素直に」


 日菜は顔をあげた。


「夏祭りのときだって来ないだろうなって思って誘ったんだから。むしろ、今回の方が悠斗くんらしいでしょ?」


 眉を八の字の形にした困り顔の真央と千尋に、そう言った。

 にこにこと、うその笑顔を浮かべて――。

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