第29話 温もり
あれから掛川は帰りたくないと言い出し、僕のアパートへ泊まった。
途中のコンビニで必要なものや、小さなケーキを二つ買って、ささやかにクリスマスを祝った。ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りが、掛川を照らしている。
僕らは同じベッドの中で公園では喋り足りなかったのか、ずっと話し続けていた。過去のこと、現在、未来のことを。
そして僕らはお互いの気持ちを確かめるように、自然と唇を重ねた。
また掛川の瞳から涙がつうっと流れ落ちる。
何度目の涙だろうか。
「全部……嬉し涙だから」
そう言いいはにかんだ笑顔を見せると、僕の胸に顔を埋めた。
あの頃は同じくらいの身長だったのが、今はとても小さく、とても華奢で、大切に扱わなければ、脆い硝子細工のように壊れてしまいそうだった。
優しく、僕らは何度も唇を重ねた。
ほわっと吐息をつき、上目遣いで見ている掛川が、とても可愛く、愛おしく思う。
お互いの、匂い、感触、体温、そして、存在を……その全てを感じようと、僕らは何度も抱きあった。
午前十時。
布団の中で目が合うと、ふふふと掛川が照れたように笑っている。
お互いに洋服を着ると、お腹空いたねと、O市内にあるハンバーガーショップへ行くことに決めた。玄関から出る時も、お互いの存在を確かめ合うかのように、どちらかが求めるわけでもなく、顔を寄せキスをした。
ハンバーガーショップへ行き、これからどこか行きたいかと尋ねると、
「動物園に行きたい」
と即答した。冬だから動物たちも縮こまっているかもよと言うと、それでも良いのと、バス停まで僕の手を引っ張っていった。
バスで揺られること、二十分くらいで動物園へ到着した。特に物珍しい動物がいるわけでもない、どこにでもある小さな地方都市の動物園。
掛川はバスを降りると、はやくはやくと急かし、入口まで走った。
動物園に入ると、やっぱり動物たちは寒さで縮こまっており、ヒーターの前から動こうとしない。それでも、掛川は、まるで子供のように目を輝かせながら、動物たちへ声を掛けていた。
そう言えばこの動物園に子供会のイベントで来たことがあった。
その時は僕と掛川の他に、篤に勇次、桜もいた。
あの頃のように楽しんでいる掛川。
そんな掛川が僕の方へ楽しそうな笑顔を浮かべ、手を振っている。
僕は掛川に駆け寄ると、二人で動物園を楽しんだ。
動物園の閉園時間を知らせる放送がなると、僕らは出口へと向かった。
駅へと向かうバスの中、掛川は僕の肩へ頭を乗せ、小さな声で歌をうたっている。確かドリカムの曲だったことは分かる。名前までは思い出せないけど。
「ドリカム好きだな」
「うん」
一言だけ答えると、また歌を口ずさみ、僕の手を優しく握ってくれた。掛川の温もりと優しさが、その手から伝わってくる。
駅前バス停に到着するとそのまま帰る予定だったけど、このまま別れることが寂しくファミレスへと誘った。
ファミレスで夕食をとりながら、僕らは飽きずにお喋りを続けた。帰りの電車のことなんか、少しも気に掛けずに。
それでも午後九時になった頃、掛川がテーブルに置いてある僕の手の上に、そっと自分の手を重ねてきた。
「次はいつ会えるかな」
そう言って、俯く掛川へ僕はその手を握り返しながら、微笑みかけた。
「初詣に行こう。D市にある天満宮へ。それから会えない時は、メールするし電話もする」
「うん、楽しみにしてる」
ファミレスを出て真っ直ぐ改札へと行くと、掛川が僕のコートの裾をぎゅっと握っている。
僕は掛川を抱きしめると、顔を埋めてきた彼女の頭を優しく撫でた。
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