第23話 それで良いんだ
僕は部室のロッカーからシューズなどの荷物を取り出すと、予め持ってきていた大きめのバッグに詰め込んでいた。
たった一年程の所属だったが、バスケを再開して本当に良かったと思えた時間を過ごせた。
決して強くないチームだったがみんなが仲良く、また、同級生、下級生も僕のアドバイスに対して熱心に聞き入れてくれた。
僕を誘ってくれた加納さんや、僕を受け入れてくれたチームメイトたちに感謝の言葉しかない。
少し思い出に耽っていると部室扉の開く音がした。扉の方へ目を向けると、そこにはマネージャーの加納さんが立っていた。
「片付けですか」
「うん、今日で引退だから」
彼女は、僕の片付けを黙って見ている。遠くから、野球部の掛け声やバッティングの打撃音が聞こえてくる。
「ありがとうございました」
彼女が深く頭を下げた。僕はまとめた荷物をベンチの上に置き、彼女に近付いた。
「いや、お礼を言うのは僕の方だ。加納さんが誘ってくれたお陰で、楽しい一年が過ごせたよ。こちらこそ、本当に、ありがとう」
彼女はぱっと顔を上げると、真っ直ぐ僕を見つめている。その目に涙がたまっていた。僕は彼女に微笑むとまとめた荷物を肩にかけて、部室を後にした。
高校生活もあと残り僅か。
あとは受験生として勉強に励まなくてはと、大きく背伸びをした。
のんびりと部室から校門の方へ歩いていると、栗原と山川さんが、校門手前の桜の木の下にいるのを見つけた。
緑の葉っぱの生い茂った桜の木の下は程よい木陰ができており、真夏の陽射しを避けるには良い場所だ。
栗原たちは僕に気付くと大きく手を振っている。僕は手を振り返すと、少し足早に彼女らの方へと向かった。
栗原たちと合流すると、栗原は三人でお疲れ会をするよと、僕を強引に引っ張りバスに乗せた。
バスの中や市内のコーヒーショップでは、色んな思い出話しで盛り上がりすぎて、別の客から顰蹙の目で見られてしまった。
楽しい時間もあっという間に過ぎていき、僕らは帰りのバスに揺られ、帰宅した。
「昨日で引退したのね」
昼休みに中庭の小さな木の木陰に寝そべり、久しぶりに昼寝をしていると掛川から声を掛けられた。
掛川と話しをするのは、いつ以来だろう。
僕が男バスへ入部してからは、携帯でのやり取りも少なくなり、三年に進級してからは、特進科と普通科の教室が離れたこともあり、廊下ですれ違うこともなくなった。
でも、それで良いんだと僕は思っている。
決して掛川と関わりたくないとかいう、以前のような気持ちからではない。
掛川は僕の横へ腰を下ろした。
僕も掛川もお互いの方へ向かず、なんの会話もなく、ただ過ごしていた。
掛川が何か言おうと口を開きかけた時、昼休みの終わりが近付いていることを知らせる予鈴が響き渡った。
困ったような、寂しいような顔をした掛川に、じゃぁと声を掛けると、僕は教室へ戻った。
教室へ戻るとほとんどのクラスメイトたちが席についており、席に着いていないのは僕の他、数名程度であった。
僕は自分の席につき授業の準備をすると、携帯に着信を知らせるランプが点滅していることに気がついた。
携帯に掛川からのメッセージが届いていた。
久しぶりに二人になれて嬉しかったこと、もう少し話しがしたかったこと、どこの大学を受験するの?などの内容だった。
僕は授業が始まることもあり返信はしなかった。メッセージを開けば既読サインが着くことから、僕が掛川からのメッセージを読んだことが分かるだろうし。
受験生なのに僕は授業に集中せず、ぼやぁっと窓の外を眺めている。
蝉の声が遠くの方から聞こえてくる。
「夏だなぁ」
僕は間の抜けた声で呟くと、隣の席の女子がちらりとこちらに視線を向けたが、すぐに教壇へと向きなおった。
そんな女子の冷たい視線に苦笑いをすると、机の上に頬杖をつき、変わらずぼやぁっとしていると、うとうとと睡魔が襲ってきた。
僕は睡魔に抗うことなく、静かに瞼を閉じた。
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