第15話 約束
僕は栗原に過去を話した。
あれからも、他人と関わりを持とうとしない僕に、呆れるわけでも、急かすわけでもなく、栗原は何も変わることなく、僕の空間へずかずかと入ってくる。
でも、距離が近づいたわけではない。
教室では特に話しをするわけではなく、登下校中や、廊下などで一方的に栗原から声をかけられる。僕は、それに対し一言二言返すだけ。栗原もそれ以上、僕に踏み込んで来ない。
僕も最近はその距離感が苦痛に感じていないことに気づいている。
色々と考えているうちに、次が学校前のバス停とのアナウンスが流れてくる。
徐々にバスが速度を落とし始めると、数人の生徒が立ち上がり、バスの前方へ移動を始める。
バスが完全に停まると、降車し学校へ向かう。
僕はバスを最後に降り、のろのろといつものペースで歩いていると、校門前にある信号が僕の前で赤に変わった。横断歩道を渡り損ねた僕は、ぽつんと一人、取り残されている。
信号待ちしていると反対側のバス停にもバスが停車し、ぞろぞろとうちの生徒が降りて来たのが見える。
その中に栗原と山川さんがいた。楽しそうに話しをしている。
すると栗原もこちらに気づき僕の方へ指をさし、山川さんに僕がいることを教え、笑顔で軽く手を振り、山川さんは慌ててぺこりと頭を下げた。
僕は二人に軽く手をあげ応える。二人はそれを確認すると、また、楽しそうに話しをしながら校門を通り、校舎の方へ歩いていった。
どんよりとした、いつ降り出してもおかしくない様子の雨雲のせいか、空が低く感じる。
信号が青になり、横断歩道を渡る。
校門を通り抜け、校舎の方へと歩いていく途中で、
「おはよう」
と、山川さんから声をかけられた。栗原とは、途中で別れ、ここで僕を待っていたみたいだ。
僕はちらりと山川さんに視線を送り、おはようと一言返した。
山川さんは僕と並んで歩きはじめる。並んで歩いているが、特に話しをするわけでもなく、本当に、ただ並んで歩いているだけ。
ちらちらと、山川さんは何かを言いたそうに僕の方へ視線を送るが、僕はわざとそれに気づかない振りをしている。
僕らは靴箱で離れたが、すぐに山川さんは僕のところへ駆け寄ってきた、その時、山川さんがつまづきそうになったため、僕は咄嗟に山川さんの体を支えた。
「気をつけて」
そう一言いい、教室へ向かい歩き始めると、山川さんはえへへと恥ずかしそうに笑って誤魔化した。
四階まで階段を登り自分の教室がある方へ行こうとした時、山川さんが僕を引き止めた。
「放課後、少し私に付き合って頂けませんか」
初めて挨拶をしてきた時のように顔を真っ赤にして、小さく震えた声で僕に言った。
「良いよ」
迷ったがそう答えた。
僕は部活もバイトもしてないので、放課後は用事もないし、断る理由もない。
正直、関わりたくないと言う気持ちは変わらない。でも、このままずるずると行くのも、卑怯な気がしたからだ。
「放課後、靴箱で待ってます」
山川さんは嬉しそうにそう言うと、軽い足取りで自分の教室へと向かった。
山川さんと別れた僕も教室へと向かうと、教室前で栗原が待っていた。
「ジュース買いに行かない?」
栗原はそう言うと僕は教室へ入り鞄を置いて、廊下にいる栗原のところへ戻った。
栗原は自販機まで行く間、昨日の部活のことや、夜にみたテレビのことを話している。僕は栗原のその話しに、一言二言返す。
栗原が自販機からジュースを取り出し、そばにあるベンチに腰掛けた。ペットボトルの蓋をあけ一口飲んだ。
「遥香と約束したんだ」
「うん」
僕も、栗原の隣に座りながら答える。
「あまり、遥香に期待を持たせないでね。」
「分かってる。そのつもりで約束したんだから」
「……そう」
栗原は手に持っているペットボトルを見つめている。
栗原は自分が、僕と山川さんのことに口出すべきではないと分かっていると思う。だけど、栗原にとって、山川さんは大切な友達で、その友達の気持ちを知っていながら、受け入れるつもりもなく、また、はっきりと拒絶するわけでもない、中途半端なままでいる僕に山川さんが傷つけられるのを見たくないのだろう。
しかし、自分がしているお節介に対して悩んでいるんだろう。そのお節介で、どちらにしても山川さんを傷つけてしまう。僕がこんなんだからいけないんだろう。
だから、今日ははっきりと山川さんに伝えるつもりで、放課後に会う約束をした。
そろそろホームルームがはじまる時間だね、そう言うと、栗原はベンチから立ち上がると、僕の方へ顔を向け、
「それでも、あんたにしたら一歩前進じゃん」
と、少し寂しそうな笑顔でそう言うと、早く行こうと僕を促し、二人で教室へと戻った。
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