第8話 一欠片
「ねぇ、あんた」
階段を降り、中庭へ出る扉を開けようとした時に、後ろから声を掛けられた。この声は、栗原だ。
さっきの一件でイヤフォンを片耳から外したままだった。
イヤフォンを両耳にさしていたなら、気づかない振りもできたんだろうけど。
僕は、仕方なく栗原の方を向いた。
「…なに?」
「あんた、今からいつもの所に行くんでしょ。私も一緒に良い?」
栗原は、何を考えているのか、僕について行こうとしている。せっかくの一人になれる昼休みが、またこの前のように、栗原のせいで潰されてしまう。
「嫌だ」
僕がぼそっと返事をすると、つかつかと歩み寄ってきて、僕を見上げた。
「良いじゃん、別に」
「僕に関わるなって言ったはずだけど」
僕は、栗原の視線から顔を逸らしながら、もごもごとそう言うと、栗原は、僕の胸をこつんと小突き、
「良いから行くよ、昼休みが終わっちゃうから」
と私には、あんたの意思なんて関係ないよと言わんばかりに、扉を開け、この前、栗原と話したベンチに向かって歩き始めた。
僕は仕方なしに栗原の後ろをついて行き、ベンチに向かった。
栗原は自分の座っているベンチの横をぽんぽんと叩き、ここに座りなよと目で訴えた。
僕は栗原の横に座り、ビニール袋からコンビニで買ったサンドイッチを取り出し、封を開けた。
その横で栗原は膝に載せた弁当箱の包を解き、いただきますと小さな声で言うと弁当を食べ始める。
「あんた、いつもコンビニなの?」
僕がサンドイッチをもしゃもしゃと食べているのを見ている。
「うん、自分で作るのもめんどうだし、買った方が楽だから」
サンドイッチを口に頬張り、もごもごと答えながら、次に食べるおにぎりを取り出す。
「自分で作るって、親は作ってくれないの?」
「僕は、一人暮らししてるから」
話しながら封を開けていたためだからか、おにぎりの開け方を失敗して、海苔が変な破れ方をしてしまった。
「あんた、不器用だね」
海苔がぐちゃぐちゃになったおにぎりを見て、栗原はあははと笑った。
それから、とりあえず昼ご飯を食べ終わるまでは、お互いに特に話すこともなかった。
「ごちそうさまでした」
栗原はそう言うと、丁寧に弁当箱を包み、自分の横にちょこんとおいた。
「あんたさ、遥香になにかした?」
栗原は僕の方をじっと見つめ聞いてきた。
「いや、何もするどこか、メモをもらってから一度も連絡もしてないよ」
やっぱり、この前の話しの続きか…
少しうんざり気味にそう答えた。
「じゃぁ、あの朝と昼の挨拶は何?普段の遥香は、あんな大きな声で挨拶しないよ」
「……あの子が、山川さんだったんだ」
「あの子が遥香って、知らなかったの?」
「うん」
栗原は、びっくりして僕を少し呆れた様子で見ている。
「でも、遥香はあなたのことを結構前からから知ってる素振りだったけどなぁ……本当に、知らなかった?」
僕は栗原の質問に無言で頷くしかできなかった。
ちくり……
痛みが走ると、無意識のうちにこめかみを押さえた。
そんな様子に気づいた栗原が心配そうにこちらを見ている。
「具合悪いの?」
僕は大丈夫と、首を左右に振った。
そう……と小さい声で栗原は答えると、
「あの子、人見知りで控えめな性格だから、今日のあれをみて、あんたと何かあったのかなぁって心配になって……」
そう言いながら、視線を空に向けて言った。
「バスケやってた時は、その時だけスイッチ入って積極的になれてたんだけどね」
「バスケ部?」
「そう、うちらこれでも県大会まで行けたんだよ」
栗原は、えへんと無い胸を張った。
「遥香は中学校まででやめちゃたけどね」
少し寂しそうに言うと、携帯を開き待ち受け画面を見た。
待ち受け画面には、バスケの白いユニフォームで撮った集合写真だった。
携帯の待ち受けを見て、時間に気づいたのか、
「あっ、もう昼休み終わっちゃうよ」
と慌てて僕に教室へ戻ろうと立ち上がって、僕に早く行くよと促した。
僕ら二人は急いで教室へと戻り、何事もなかったかのように、それぞれの席について、次の授業の準備をした。
僕と栗原が一緒に教室へと入ってきたことに対し、誰も気に留めていないようであり、僕はほっとした。
別にやましい事はなくても、誰もいない中庭で一緒にお昼ご飯食べてたなんてしれて、変に勘ぐられるのもめんどくさいから。
クラスメイトからしてみれば、クラスの中心にいる栗原と、空気のような僕に接点があるなんて思わないだろう。
僕はぼけっと教壇の方へ視線を向けていた。
また昼休みが潰されたな。
栗原は、未だに中学校の頃の部活の写真を待ち受けにしてるなんて、よっぽど楽しかったんだろうな。
ちらりとしか見ていない集合写真、小さくてよく見えなかった集合写真。
拡大して見せてもらってもいない。
なのに、あの白いユニフォームには見覚えがある。
ちくり
痛みが走る。
目を閉じると、頭の中に濃ゆい霧の中、誰かが座り込み、その前に僕が立っている風景が見えた。
あの白いユニフォームをきた女の子。
僕と女の子は何かを言い争っており、何を言っているのかは思い出せないが、僕に向ける彼女の口調は弱々しいかと思えば、一転して荒々しくなっている。
しばらく、続くと
「私は、みんなと頑張ってきたから!!」
濃ゆい霧のかかった中で、女の子が僕に向かって叫んでいた。
記憶の中の全体はぼやっとしているのに、なぜが、力強く真剣な眼差しだということは分かった。
「もう、逃げないから、くよくよしないから」
「だから見てて」
そう言って、にこっと笑い、霧の中を走り去って行くその後ろ姿を見送っている。
あぁ、これは去年の夏、県大会初日の出来事だ。
僕は、すっかり頭の奥底になおしこんでいた、記憶の一欠片を取り出してしまった。
あぁ、思い出した。
あの女の子は、山川さんだったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます