第6話 想い
(山川遥香side)
はぁはぁはぁ…
昼休み、図書委員の当番を忘れていた私は急いで図書室へ向かった。バスケをやめて特に何にも運動してこなかったからか息があがるのが早くなった。
図書室にはすでに同じ当番の子が受付の席に座っている。
「こんにちは、私は一組の掛川……
その子は同じ一年生で、私と対照的に黒く真っ直ぐな髪に少しつり目の綺麗な子だった。
「あっ、わ、私は二組の山川遥香です、遅れてごめんなさい」
慌てて息を整え自己紹介をすると掛川さんの隣の席に座った。
掛川さんって一組……という事は特進コースなんだ。勉強も出来て美人で良いなぁ…
掛川さんが私にむかって微笑みかける。私は自分がじっと掛川さんを見ている事に気がついた。自分の頬がかぁっと赤くなるのが分かる。恥ずかしくてしょうがない。
「ごごごめんなさい……」
「気にしないで、山川さん」
彼女はそう言うと、机の上に置いてある文庫本を手に取り読み始めた。
図書室の外から話し声や急ぎ足で歩く足音が聞こえる。
二人だけしかいない図書室はそれだけ静かで時間が止まっているかのようだ。
このまま、誰も来なければ良いのに……
私は知らない人と話す事が苦手だから……
でも、誰も来ないなら来ないで少し暇になってきた事もあり、私は受け付けのパソコンで何気なしに貸出履歴を見ていた。
「あ……」
貸出履歴にあの人の名前を見つけた事の驚きで、つい声が出た。私の声に掛川さんが不思議そうにこちらへと視線を向ける。
「……ごめんなさい」
恥ずかしくなり俯いてしまった。そんな私に掛川さんはにこっと笑いかけると、本の続きを読み始める。また私は画面に視線を戻し、あの人の貸出履歴を見た。
一昨日、本借りたんだ……
そう言えば、真由に頼んでから一週間も経ったんだ。真由はあの人に彼女とかいなかったから、メモは渡したって言ってたけど、なんの連絡も来ない……
私の事なんて覚えてなかったんだ……
私の事なんて全く興味ないんだろうな……
そう思うと涙が零れそうになったけど、隣には掛川さんもいるし頑張って堪えた。隣に座っている人がいきなり泣き出すっていうのも迷惑だろうし。これ以上、恥ずかしい姿も見せたくない。
悲しくなってきて、パソコンの画面を消そうとした。
「ねぇ、山川さん」
「は、はい」
掛川さんから急に呼ばれた事に動揺し、声が裏返ってしまう。掛川さんはそんな私を見てきょとんとしていたが、すぐに笑顔になり私と同じようにパソコンの画面に視線を向けた。
「この人、山川さんの知り合い?」
あの人の貸出履歴の画面を見ながら尋ねてきた。
「い、いえ、知り合いというか……なんというか……」
「彼氏?」
「かか彼氏とかじゃ……」
私は自分の顔が赤くなってきているのが分かる。だが誤解されたらいけないので、ぱたぱたと手を大きく振って否定した。
「わ、私が一方的に想いを寄せてるだけで……この人は、私の事なんて……なにも……」
俯きながらもごもごと小さな声で……自分で話しておいて、消えてなくなりたいと思ってしまう。
「私と同じね」
「……え」
私は掛川さんの思いがけない言葉にびっくりして、掛川さんへ視線を向けた。掛川さんは少し寂しそうに微笑むと読んでいた本を閉じる。
「私ね、ずっと好きな人がいるの。でもね……久しぶりに偶然見かけて目があったのに、私だって気付いてもらえなかった」
「声……かけなかったの?」
私の問いに、掛川さんは左右に頭を振った。その動きに合わせきれいな黒髪がゆらゆらと揺れている。
「目があった瞬間に分かったの……この人、私の事をおぼえていないんだって……だから……」
私は掛川さんになんて言っていいのか分からず、無言で俯いてしまった。気まずい空気が静まり返った図書館に漂っている。しかも、二人きり。
「やめましょ、こんな話し。ただでさえ暗い図書室がもっと暗くなるから」
そんな空気に掛川さんも息苦しくなったのか、そう言うととぎゅーっと背伸びをした。
それから私たちは、誰も来ない図書室で本の話しや昨日のみたドラマの話しをして、図書室を閉めるまでの時間を過ごした。
図書室の扉に鍵をかけると、掛川さんは購買に用事があるからと小さく手を振った。私も、またねと手を振り返し、掛川さんの後ろ姿を見送ると教室へ戻った。
図書室が静かだったせいか、教室の中がとても喧しく感じる。私は、自分の席に座り頬杖をついて、小さなため息をついた。
「私と同じね」
ふと掛川さんの言葉を思い出す。ずっと想っていた人から忘れられている事の辛さ。でも諦めたくても、諦めきれない気持ち、踏み出せない一歩。
こんな時、真由ならどうするんだろう。
彼女は私と違い、活発で誰とでも直ぐに打ち解けられる。
真由に、また相談してみるかな……
それとも、掛川さんに……
ダメだ、私は昔からくよくよして他の人ばかりに頼ってしまう。
決めた。
諦めきれない。
忘れてるなら……思い出させれば良い。
私の事を……
あの日の事を……
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