第5話 理由

(篤side)


 「お留守番サービスに接続します」


 何度も何度も電話したけど、いつもこれだ。


 部活帰りの午後七時三十分過ぎ、いつものメンバーで帰り道にコンビニに寄り道するのが日課になっている。


 同じ小中学校出身で、高校でも同じバスケ部に入った日野勇次ひのゆうじと中学校では女子バスケ部、今はバスケ部のマネージャーになった吉本桜よしもとさくら


 俺ら三人は一緒にいる事が多い。


 繋がらない携帯の画面をしばらく見ていたが、隣で心配そうにしている勇次から携帯を隠す様に急いでポケットに入れた。


「また繋がらねぇのか」


 隣で俺の様子を見ていた勇次は、はぁっと大きなため息をつき、コンビニ駐車場の輪止めに腰を下ろした。


「ほんと、何やってんだろうね……」


 桜も勇次の隣にある輪止めに座り、買ったばかりのジュースを一口飲むと地面に置いた。


「あの事を未だ引きずってるんだろ」


 勇次がコンビニで買ったおにぎりの封を開けながらぼそっと呟く。


「まだ半年しか経ってないからね…」


「もう半年だ」


 うつむき加減で呟く様に言った桜の横で、もそもそとおにぎりを食べている勇次が答えた。二人の会話をどこか遠くで聞いている様な感じがする。


 あんなに仲良かったあいつが俺らから距離を取りはじめ、仲間の誰にも相談せず離れた私立を受験して、そして、誰にも何も言わずに地元から出ていった。


「そろそろ帰ろうぜ」


 おにぎりを食べ終わった勇次は、お尻についた汚れをぽんぽんと払い歩き出した。俺らも、勇次の後をゆっくりと歩く。


 半年か……


 それが長いのか短いのか分からない。その時間の流れの感じ方なんて人それれだろうから……


 ふと足を止め、いつも通っている街並みを見回した。半年間では何も変わっていない。明々と輝くコンビニの灯りから離れると、薄暗い道路には等間隔に設置されている街灯が頼りない光りで地面を照らしている。


「何やってんの?早く来なよ」


 立ち止まりぼんやりと辺りを眺めていた俺へ桜が手を振りながら呼んでいる。俺もそれに手を振り返し、また歩き始めた。  




それから、半月ほど過ぎた。


ビーッ


 体育館に、タイマーのブザーが鳴り響く。練習終了の合図。駆け足で監督の元に部員が集まって行く。


 来月の中旬から、総体の地区予選が始まる。


 今年こそ、インターハイ出場。監督、先輩達だけではなく、バスケ部みんなの目標。


 うちの高校は、毎年県大会の準決勝止まり。でも、今年のチームは去年よりも強くインターハイ出場も夢じゃなくなってきている。


 俺も勇次も中学で時代に全国大会ベスト四になった経験があり将来を期待されていた。


 あの頃も、みんなで全国大会を目指し色んな事を我慢して頑張ってたよな。あんな事がなけりゃ、ここで一緒に頑張ってたのかもしれない。


 流れ落ちる汗を乱暴にタオルで拭い、大きく息を吐き出す。

 

 なんだかんだ考えているうちに、いつの間にか監督の話しも終わっており、それぞれが片付けを始めていた。


 出遅れた俺が一人で黙々と事のモップ掛けをしているところに、勇次が下手くそな口笛を吹きながら近付いてきた。


「おい、口笛なんて吹いてたら怒られるぞ」


「大丈夫、大丈夫。今、一年しかいないし」


 ヘラヘラしながら調子に乗った勇次が口笛で鶯の鳴き真似をしている。


「そういやさ、おぼえてるか?」


「なにを?」


「六年生の冬休みに引越した女子の事」


 俺は勇次の質問に頭をフル回転させ、記憶を手繰っていった。


 六年の冬休みに引越した女子…


「か、掛川かけがわだっけ?」


「当たり、掛川」


 とりあえず間違っていなかった事に、胸の中でガッツポーズをした。


 掛川とは、小学生の頃に勇次や桜達とドッヂボールしたり、ケイドロしたりと仲の良かった女子の一人だった。


 二学期の終業式が終わって、仲の良かったみんなで掛川の家に集まり、さよなら会を開いた。


「なんで急に?」


 俺が不思議そうに尋ねると、勇次がマネージャーの仕事がひと段落して倉庫の鍵を締めている桜を呼んだ。


「桜さ、昨日の日曜日に掛川と会ったって言ってたよな」


「会ったのは私じゃなくて、別の子。」


「そうだっけ」


「そう。また人の話しをちゃんと聞いてない」


 勇次はバツの悪そうな顔で苦笑いしている。そんな勇次を睨む様に見ていた桜がこちらに顔を向ける。


「会ったって言っても、偶然見かけて声掛けたら、掛川だったみたい」


「戻ってきたのかな」


「違うわ。県内には戻ってきたけど、住んでるのはO市みたい。ただ懐かしくて、ここまで来てたみたいよ」


 懐かしいね、会いたかったねと桜達と会話を交わしながらモップを元の場所へ戻すと、最後に戸締りの確認をして体育館を後にした。


 O市か。


 あいつのいる高校がある。


 そう言えば、掛川ってあいつの事大好きだったよな。隣の席になった時、めっちゃ喜んでたし。


 今まで忘れていた事が、一つのきっかけで色々と甦ってくる。


 掛川がO市にいるって、あいつはもちろん知らないだろう。中学校の誰とも連絡とってないみたいだし。


 行くか。


 今まであいつに会いに行かなかった。


 友達だから、チームメイトだったから、そんな理由で会いに行っても良かったんだろうけど、何でか一歩が踏み出せないでいた。


 掛川が帰ってきてる、お前と同じO市にいるって教える事が理由になる訳じゃない。どちらかと言うと、友達だからとかよりも、無理矢理こじつけた感が強いし、あいつからしたら、はた迷惑な話しかもしれない。


 でも、なんかそれが理由で良いと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る