第30話 今日もタクシー運転手さんlove

今のご時世、タクシー運転手さんと話が出来ないが出来ない無言空間と化したタクシー。



他の場所は知らないが、最近は前の座席の背中にハイテク(死語?)なテレビがついていて、永遠に大手の会社の宣伝を見せられると言う苦行に近いタクシー生活。



たまに、大好きな俳優さんが出るとガン見して、窓の外の景色を見て、また俳優さんがスロットか神社のくじのように流れると、頭を一瞬車内に戻すスキルまで身につけたほどだ。



だが、その俳優さんを上回る楽しい事がタクシーにはあった。



タクシー運転手さんの人生体験談だ。


母親の入院やら通院でタクシーを利用していた時、私はタクシー運転手さん達のいろんな人生の語りを聞くのが好きでたまらなかった。




普段、道で知らない人に知らない道を聞かれる人間だがそれ以上にタクシー運転手さんに話をされる。



無言を決め込み、窓の外を見ていてもまるで中学生の男の子がチラチラ見るようにこちらをうかがいタイミングよく話し出す「今日は天気がいいですね~」




「ですよね~最近雨ばかりで洗濯物が乾かなくて」

しまった。気がついた時にはタクシー運転手さんの話術に飲み込まれていた。



最初は、天気やら街が変わっていくたわいもない話だが行き先が母親の病院のため、こちらの機嫌を見つつ話題を持っていく。



もう、噺家になったほうが本業がむいているのではないかと思うほどだ。



「お客さん、お見舞いですか?」

まあ、親戚の。と一言話題を出すとタクシー運転手さんの人生劇場が始まる。



タクシー運転手さんの話を聞いていると、大抵は最初からタクシー会社に入社した人を聞いた事はまずない。



「いやー、僕も先月まで鎖骨を事故で骨折して入院してたんですよ」

あははは!と豪快に笑うもので思わず

「えっ!先月まで?シートベルトしてますけど大丈夫ですか?」

と客のこちらが心配するが、どこ吹く風だ。



「手術して治したから大丈夫です!それより酷いのは病院ですよ!」

母親の入院や手術や救急車で、これでもかと嫌な目にあっている私は深くうなずく。



「何か、リハビリの奴がやたらリハビリを勧めるんで担当医に聞いたら、鎖骨の骨折でどこリハビリすんだ、いらないよ言われまして、リハビリの奴が金とりたかっただけなんですよね~」

すでに作業療法士が「リハビリの奴」でかたずけられていて私は大笑いしてしまった。



「お客さんも、病院には気をつけてね!1980円になります」

すでに病院についていた。



ある時は、母親の病院についた時に60代後半くらいの無言だった運転手さんが突然おつりを渡しながら言う。


「おお、私も癌で毎月ここに来てますよ」

思わずおつりを落とした。

「だ、大丈夫なんですか?」

おつりを拾いながら、細身の運転手さんを見るとニコニコ笑っている。



「大丈夫だよ、毎月来てるから、それよりこの病院差額ベッド代が高いから気を付けな」

マジか。すでに母親は入院中だ。お礼を言いつついろんな人生と出逢いがあるのと下手なSNSより、よっぽど情報に長けている。




母親の病院からの帰りに、まだ50代くらいの運転がど下手だが気の良い運転手さんに当たった。



「いやー、僕最近、タクシー運転手始めたんですよ」

すでに走り出したタクシーの中で酔いだした私は、そうでしょうね。と思いつつ笑顔でうなずいた。



「それまでは、5つの塾を経営してたんですけどこの景気でしょ?全部つぶれちゃって転職したの。子供が5人いるから郊外に引っ越して、行きも車、仕事も車です!あはは!」

タクシー運転手さんが、私はこの頃からどんな不遇の人生を送ろうがメンタル最強の人々だと思うようになった。



酔いながらタクシーで会計をしている時「塾経営してたから、車のナンバー見るのが好きなんですよ、ナンバー見て計算するの」

運転手さん、悪いこと言わないから塾講師に戻った方が適性があっていると思いつつ、酔いに酔った私は思い出す。



子供が5人いるんだった、食わせていけないじゃないかと。



また、母親の病院帰りに、少しポッチャリ気味の60代の運転が上手い運転手さんに出会った。


チラチラこちらを見るので

「母親の病院です。歳であちこちガタがきて大変です」

と、その日は散々、母親の病院で嫌な目にあったので愚痴ってしまった。



「そうなの?大変だね~。僕も糖尿病と心臓病で二件病院、行ってるんだよ、あはは!」

不遇の人生だろうが、病気だろうが、退院直後だろうが笑えるこの鋼のメンタル、私はすでにタクシー運転手さんのファンになっていた。



「でも、医者の話なんて、くっだらないから聞いてないの僕。結局治さないで薬だけ増やすでしょ?治る薬作れってゆーの、お客さん、ね?ノーベル賞もんだよ」

私はまた爆笑していた。



「つい、食べちゃうでしょ?だってご飯美味しいもんよ!その後のビールとつまみよ!」

もう長い付き合いの友人の会話かと思うほど砕けた口調だが、嫌な気にならないのは人柄だろう。



「お客さんも、無理しないでよ?親なんて歳とりゃ、良くなることはなくてもあっちこっち悪くなるだけだから!あ、焼き肉屋さんが出来てる!」

私すら気がつかなった近所の焼き肉屋さんだった。よく気がついたな、おい。とツッコミたくなったが我慢。



帰りにお弁当を買うため、コンビニの駐車場に止めてもらった。おつりを渡しながら運転手さんが、じっとコンビニを見ている。


「こんな所に、コンビニあったんだね!ずっといたらビール買いたくなるわ!あはは!またね!」

最後の「またね!」に私のハートは去っていくタクシーに持っていかれた。



よほどの事がない限り、2度と会うことがないタクシー運転手さん。



様々な人生を送り行き着いたタクシー運転手と言う人生。



今は、チラチラ私が無言のタクシーの中で運転手さんを見る。この人は、どんな人生を送って来たのだろうか、と。



今日も私はタクシー運転手さんloveな人生を生きている。






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