第二十九話 突如出現、呪刀使い

(なぁ、カル。その祠に行ってみないか? なんか気になるんだよなぁ、動物の勘でさ)


(動物の勘ねぇ)


 それは当てになるかもしれないな、とカルは笑う。とにもかくにも情報を得るには行動あるのみだ。キユウも探さなければ。


「カルさーん、起きてるー?」


 クウタに続き、にぎやかな声で障子を開けて入ってきたのはスーだった。


「まぁ、クウタさん、ここでサボっていないでちょうだい。病み上がりだからって容赦しないからね。あっ、カルさん、起きていたわね、よかった。私、あなたに預かっている物があるのよ」


 スーは畳の上に正座すると大事な物を扱うように両手の上に乗せた物を差し出してきた。


「これは――」


 カルは目を見張った。それは自分が白い鞘が印象的で綺麗だと思っていた、キユウの持つ交信のできない、あの妖刀だった。


「キユウさんから預かったの。あなたに手渡してくれって。あなたになら使いこなせるだろうからって」


 はいどうぞ、と差し出される妖刀を、カルは両手で受け取る。短刀だけあり、大した重さがないと予想はしていたが。実際持つと予想以上に重さがなくてびっくりした、羽みたいだ。


 あらためて見てみると象牙のような鞘は相変わらず綺麗だ。命の鏡より目立つ装飾はないが触れるとほのかに手や胸があたたかくなる。

 なんだか不思議な感覚だ。


(……なぁ、あんた――は、なんでしゃべらないんだ? しゃべっても、いいんだけど)


 どんな魂が宿っているのかわからないから、なんとなくたどたどしい口調になったが。やはり妖刀は何も返さず、だ。

 キユウはなぜ、これを渡してきたのだろう。妙な行動に胸騒ぎがしてきた。やはり早めにキユウを探さなくては。

 カルは心の中で(行こう)とタキチに言った。






 清めの水は小さな石の祠の中から湧き出している湧水のことだ。与えられるご利益から神聖なものとして長年崇められてきたのだろう。祠は手入れが行き届き、綺麗に整えられていた。

 そして常に流れ出る水は周囲の土を濡らし、青々とした草木を実らせ、辺りに小さな森を形成している。

 清浄な空気の漂う地。訪れただけで穢れた気や疲れた気持ちも癒されていくようだ。


 神聖な場所とされているからなのか、それとも時間帯のせいなのか。朝早い今の時間は人気もなく、木々に引き寄せられている鳥の声と葉がこすれ合う音が心地よく響いている。


(なぁなぁ、その水飲んだらさ、力がめきめきとついたりしないかな? 人間に化けられるとか)


(タキチ、人間に化けたいのか)


(だってそうしたらさ、うまいものたくさん食べられるじゃんっ! あのギン太みたいに刀と分離できて実体化できればいいのになぁ〜って、ずっと思ってんだけど)


(なら神様になるしかないな)


 泉を覗きながらそう返すと(神様かぁ……むずそ)とタキチはゴニョゴニョと言っていた。

 それはさておき、さらさらと流れる泉の水は冷たそうで、いかにも清流といった感じだ。


 だがそれ以上は何もなさそうに見える。タキチにさらなる動物の勘が働くか聞いてみたが(ん〜……わからん)という具合だった。


 どうしたものか。カルは周囲を見渡す。

 そういえばこの近くには亡くなった子供達の魂を眠らせる墓地もあるとクウタが言っていた。縁があるわけではないが、それでも何かあるかもしれない。


(タキチ、その墓地にも行ってみよう)


 カルが泉に背を向けた、その時。タキチが声を上げた。


(カルっ、誰かいるっ!)


 タキチの声に反応し、振り向いた先――少し離れた場所に、いつの間にか人が立っていた。


「だ、誰だっ⁉」


 その人物は“奇妙”としか言いようがないほどの出で立ちをしていた。

 その姿に見覚えはない。黒の道中合羽で身体を覆い、顔は天狗の面で隠されていて、どんな顔をしているのか全くわからない。唯一わかるのは合羽の上からでもわかる、たくましい肩幅だ。そこから相手は男だとわかるが、それしかわからない。

 そして右手には不気味な霧のような気を放つ、黒い刀が握られていた。


「呪刀っ!? タキチ、あれ呪刀だよなっ」


(た、多分な! 嫌な気配するしっ!)


 実際に見るのは初めてだ。

 だがそれは呪刀である、と思わずにはいられない。自分に切っ先が向けられた刀身は沼の底のように黒く、その周りにはあの時に見た黒い霞が、刀身を包むように渦を巻いている。明らかに禍々しく、見ている者をゾッとさせる形と気配。

 間違いない、数々の事件を引き起こしている呪われた刀だ。


(カル、気をつけろよっ! あいつ、やる気だ! 殺気がすごすぎるっ)


 この状況。まぎれもなく標的は自分だ。

 カルはすぐさま妖刀タキチを抜き、新録の刃を構える。


 しかしあの人物は誰なのだろう。なぜ呪刀を持ち、自分を狙っているのだろう。

 とりあえず刀を叩き落とせば、邪念が離れて正気を取り戻すかもしれない。


 そんなことを考えていたら、こちらの動きは遅れてしまった。相手が先に動いていた。

 ほんの一瞬で、男は湧き出てきたように、カルの目前に迫ってきたのだ。


「な、早いっ!」


 常人ではない、信じられない足取り。頭上に迫る黒い刃を受け止めるのが精一杯だ。カルの目と鼻の先で刃同士がぶつかり、ジリジリと刃がこすれあっている。

 相手の刃を叩き落とす、なんて甘い考えを抱いている場合ではない。隙を突いてタキチを相手に突き立てなければ、こちらがやられる。


(カル、下がれ! 間合いを取れっ!)


 タキチの声に反応し、相手の黒い刃をタキチで弾く。そして身体を後ろへと退かせ、間合いを取ろうと試みる。

 だが相手の刃は一歩下がるごとに再び迫る。もう一度刀を弾き、後ろへ飛ぶ。またさらに迫る。また弾く。刃が振り下ろされる度にそれを繰り返していた。


 いつか隙が見えるはず。どんな人間にも息継ぎついでの、かすかな隙は生じる。一般的な人間なら。

 しかしそれは願っても無駄な願いだった。


「くっそぉっ! 間合いが取れないっ!」


 一向にその時は訪れない。息つく間さえ与えない攻撃、次第にカルの方が息を切らす。間合いを取ることは無理だ。これではキリがない。


(くぅぅ、片手しか使っていないのに、なんて強さだなんだよ!)


 タキチが叫び、カルは相手を見る。確かに相手は右腕でしか刀を振るっていない。反対の手は、ずっと道中合羽の下に隠されている。

 刀を扱う際は片手でも扱うことはできるが多くの場合、両手を用いるものだ。


 それなのに相手は常に右腕しか使っていない。それでも片腕でここまで強いのだから、それはそれですごいことなのだが。

 何か理由が、と考えかけたが。そんな余裕はなかった。


(カル、後ろがないっ!)


 気づけば後ろは木に阻まれていた。もう下がることはできない。


「くっ、こうなりゃっ!」


 一か八か、カルは足を大きく踏み込み、今度はこちらから一気に間合いを詰める。

 防御を無視した捨て身の攻撃、失敗すれば命に関わる。それでも悠長なことは言っていられない。間合いを詰め、一気に刀を振り払う。

 しかし、そんな決死の一撃でも相手の身体や黒い刀に攻撃は与えられず。避けられた際に、わずかに黒い合羽の一部を斬り捨てる程度に終わっていた。

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