第二十四話 侵入!……で、盗むの?

 タキチが(大丈夫かなぁ)と不安そうに低い声を出す。


(カルゥ、頼むから襲われないでくれよ。こんな着物の中に忍ばされたんじゃあ、何かあってもおれっちは助けられないぞ)


 着物の上から刀を提げているわけにもいかず、妖刀タキチは外からわからないように着物の中――背中の部分に今は忍ばせている。お辞儀をしたり、前傾を取ったりするのが難しいが、激しい動作は着付けが崩れてしまうからしないし……まぁなんとかなるだろう。丸腰で見知らぬ屋敷に潜入するわけにはいかないのだから。


 カルはスーと別れ、数日前に訪れたことのある全体的に塀で区切られた薄暗い通りを歩いていた。多くの人によって活気溢れる大通りとは違い、ここはいつ来ても秘密めいた感に満ちて人通りは少ない。

 時折通り過ぎる若い少年や怪しげな目つきの男達が鋭い視線でカルを見てくる。それはカルがキデツの店で売られている“モノ”であるのかを見ているのだ。


(やぁだねぇ、みんなカルをやらしい目で見てら。ふん、カルはお前らにゃ、高嶺過ぎだっつの)


(変なことを言うなよ)


 カルは視線など気にせずに堂々と進み、とある店の前に立つ。

 そこは紫色の暖簾が特徴であり、数日前に三人の男達が綺麗な少年達を買った店だ。鼻をつき過ぎる良い香りは少年達が男達を惑わすためのものなのか、それとも店自体の良い香りなのだろうか。いつ来ても好きになれる雰囲気ではない。

 これから何が起こるのか……予想もできない不安に、ちょっと腰が引けそうだ。


「す、すみませーん」


 カルは深呼吸をしてから店の中に声をかける。今の自分は剣士ではなく、ふりではあるが男娼だ。すごく緊張する。好きでやっているわけではないが目的のためだ。

 そうは思うが……不安やら戸惑いに胸の鼓動がものすごく速く動いている。あぁ、くそ、終わったら饅頭をヤケ食いしてやる。


 店の中から「はい、ただいまー」と言う声が聞こえた。ほんの数秒後には店番の中年男が暖簾をくぐって顔を出した。


「おぉ? どうもどうも。なんのご用かな?」


 男はカルを見るや、目を見開いたかと思えば、上から下へとカルの姿を見やる。なかなか普段見ることのないものを目に焼きつけているかのように。 


「と、突然すみません。あ、あの、わ、私……キデツ様にお願いがあって来ました。今は、中にいらっしゃいますか?」


 先程、着物問屋の主人に教えてもらったキデツという男について。

 その素性はこの紫看板の店の主人だ。この店を取り仕切り、近くに大きな屋敷を構えているらしい。美しい物が大好きで金銀財宝や珍品を含め、多くの美麗な少年達も集めているという。


「おぉ、おぉ、そなたのような美しい子ならキデツ様も喜ぶ。キデツ様ならこの通りを真っ直ぐに進んだ屋敷にいらっしゃる。早速会いに行くといい」 


 店番に言われた通り、店を出て少し通りを進んでいくと高く長い漆喰の塀が見えてきた。中には巨大な土地を有する屋敷があるようだが塀のせいで中は伺えない。


(そんだけ儲けているってことだよなぁ、イヤだね。カル、気をつけろよな、ホント)


 キデツの稼ぎは少年達によるものだろう。ギンちゃんが言ったようにあくどい人物らしい。腹立たしくなり、カルは舌打ちする。


 だがどうして少年達も好んでこんな仕事をしているのだろうか。魅力はなんだと考えてみるが、そんなものは剣士の自分にはわからない。金は稼げるのかもしれないが……こんな稼ぎ方、自分はしたくないと思う。


 そうこうしている間に屋敷の入口である門が見えてきた。前には門番の男が槍を構えて立っている。


(よし、タキチ行くぞ)


(あぁ、気をつけてな……?)


 タキチが心配そうに弱々しくなる。その声を聞くと不安で胸が痛くなってきたが、行かなければと気持ちを奮い立たせ、カルは門番に近づいた。


「そこの、店の者か?」


 門番はカルの姿をじっと見ている。

 カルは咄嗟に口から出まかせを言った。


「あ、あの、キデツ様に、お呼び頂きましたっ」


「おぉ、そうか。なら入るがいい。今は大広間にいらっしゃるだろう」


 カルは難なく屋敷の中に潜入した。あまりにあっけないので大丈夫なのかと気になったが、おそらく店で働く少年達が頻繁にキデツの元を訪れているのかもしれない。だから自分のような身なりの者に対しては警戒も薄い……こちらにとっては好都合だ。


 門をくぐり、広い庭は白い砂利が敷き詰められ、鯉の泳ぐ池があり、灯りをともすための灯籠が点々と置かれている。いかにもな金持ちの庭だ。静かな環境で無駄な物音を立てる者はおらず、木々に止まった小鳥の声が響いてくる。


 できればキデツ本人には会わないようにしたいところだ。店の者でないとバレてしまう可能性がある。

 庭を抜け、カルはこっそりと縁側から屋敷の中へと上がる。あちこちに障子に遮られた畳部屋があるようだが宝が納められていそうな部屋は早々見当たらないものだ。


(そこら辺にドーンって置いておいてくれればいいのになぁ?)


 タキチの言葉に「そうだな」と答えながら、カルは廊下を静かに歩く。宝と言うからには目立つ部屋にはないと思われる。もしくは大事な物ならばキデツ本人が持ち歩いている可能性もある。


(それだと頂くのは少し難しいな)


(というか、カル、やっぱ命の鏡を盗むつもりだったのか)


 タキチの問いにカルは言葉に詰まる。

 そう言われてしまえば、これではまるっきりの盗人じゃないか。屋敷に侵入して秘刀を探して、どうやって「頂く」とか考えたりして……。

 カルは慌てて首を横に振る。


(違う、違うっ。その……まぁ、ちょっと見るだけだ。もしくはちょっとだけ借りるだけ、だっ)


(借りる、ねぇ……それって両者の納得がないと無理な話じゃないのかねぇ……まぁ、いいけど、おれっちは楽しいからね)


 タキチは楽しんでいるらしい。さっきまで心配そうにしていたくせに、ひょうきんなものだ。

 いずれにしても無駄に屋敷内を動き回るより、一度キデツを見てみるのも、ありかもしれない。会うんじゃない、見るだけだ。


 カルはキデツがいるという大広間を目指した。屋敷の主要とも言うべき部屋はわかりやすいものだ。できるだけ屋敷の奥へ――中心へと向かっていくと、閉じられた襖の装飾が他の部屋より豪奢なものである部屋があった。中からは男の話し声が聞こえる。


 ちょうど周囲には見張りもいない。

 カルはそぉっと襖に近づき、聞き耳を立てた。

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