第十三話 愛刀タキチ、血染めの友
タキチは幼少の頃から長い時を共にしている大事な相棒だ。初めて一緒に戦った時から今この時まで、側にはずっとタキチがいる。
そのためか、不安を感じた時はタキチに触れていると気持ちが落ち着いた。戦える、まだ前を行けるという気持ちが湧いてくるのだ。それがいつも不思議だなと思う。
「……妖刀は一つの魂が刀に宿ったものだ。自らの想いを持ちもするが、持ち主の願いを叶えるために動こうとするものだ」
自分の様子を見て何を思ったのか、キユウが突然、語り出した。
「交信ができるから互いの気持ちなんぞはよくわかっちまうからな。お前の望みは強くなりたいんだろ? ならタキチはお前が強くあるためにお前を元気づけようとするだろうな。まぁ、普段はうるさくて、たまらんだろうが」
「それって――」
つまり自分が不安な時はタキチがその不安を吹き飛ばしてくれていたのか。だから「怖い」と怖気づいてしまいそうな時、タキチに触れると安心したのか。自分が強くなり、戦えるように。
(タキチ、お前ってホント良い奴なんだな)
(何言ってんだよ、カル……当たり前だろ、相棒なんだから)
(お前に実体があったら、惚れちゃいそうだな)
(えへへー、実体なくったって、惚れてくれてかまわないんだぜ? いやーモテる男はつらいねぇ)
真面目に感動していたのに、タキチはおちゃらけたことを言っていた。だから調子の良い奴だと言われるのだ……嫌じゃないけどな。
それでもタキチの明るさに、カルは事件の重さに沈みそうだった気持ちが、ふわりと軽くなるのを感じた。これもタキチとの繋がりなのかもしれない、タキチは恐れてなどいないから。妖刀とは不思議な存在だ。
(でももう一つ気になる妖刀は目の前にあるんだよな……)
ふと、カルはキユウが提げている短刀に目がいく。何も反応しないという白い鞘の美しい妖刀。
その存在が、カルはずっと気になっているのだ。放たれる気から妖刀であるはずなのに、なぜ交信ができないのだろう。せっかくならどんな存在であるのか知りたいのに。交信できないのはさびしい気もする。
「キユウって、なんで交信できる妖刀は持たないんだ? 交信できる相棒がいれば楽しいのに」
「はぁ、冗談じゃねぇよ。俺はどっかのタヌキ様みたいに無駄におしゃべりな奴はごめんだね。常に見られていると思うと酒もまずくなる。美人で優しい妖刀なら話は別だがな」
(なんだとっ、というか妖刀に美人もなんもないだろ、この変態酔っ払いが!)
いつも通りのやり取りにカルは苦笑する。この一人と一匹は、いつもなんだかんだでもめてしまうが、そんな状況も実は楽しんでいるのではないかと思う。
剣士にはどんな刀でも相性というものはある。それは刀に魂があろうが、なかろうが。
そういえばキユウにはもう一本、刀があるのだ。
それは常の戦用であるのだろう。柄に巻かれた革は傷んでおり、黒塗りの鞘にも所々に傷がある。
けれどそこまで使い込まれたということは扱いやすく、自分の意のままに操れる“相性の良い刀”ということだ。妖刀のように魂はないけれど強く、たくましい相棒に違いない。
キユウも、それで多くの人を斬ったりしているのだろうか、そんな暗い考えが浮かぶ。多くの戦いをくぐりぬけているなら、それは当然のことだ、不自然ではない。
でも刀を扱う者は心得ておかなければならないことがある。
それは刀で無駄に命を奪ってはならないということ。斬られた魂が憎しみを抱き、穢れてしまうから。その結果、魂は呪われた力となり、大いなる災いに転じてしまうことがある。
無駄に命を奪ってはならない。
刀は大切にしろ。
昔、キユウに習った言葉が急に思い浮かんだ。
刀は大切に、か……自分はタキチ以外の刀を持つなんて今は考えられないけれど。
そんなことを考えていたらタキチが(いやー照れる照れる)とまた、ふざけていた。
……やれやれ、だ。
「あぁ、そういやな、あの宿の兄ちゃんがお前を探してたぞ」
キユウと共に飛天に戻り、暖簾のかかる入口から「お邪魔しまーす」と挨拶して中へと入った。
すぐに店番のクウタが出てくるかと思いきや、少し時間が経っても声をかけても。クウタは出てこなかった、他の誰も。
いないのか、まさか、宿屋だぞ。
カルは草履を脱ぎ、宿泊している身分でもあるので堂々と室内へ入っていく。先日クウタに招き入れられた客間や店の者が休憩するための和室には誰もおらず、おいしい食事を作る台所にも居眠り中の下働きだけしかいなかった。
そういえばスーとキッタの姿も見当たらない。二人とも、どこかへ行ったのだろうか。それとも二階にいるのか。
キユウには一階で待っていてもらい、カルは二階へと続く階段を上がる。なんでもないはずの階段がギィときしむ音が響くと、昼間だというのに不気味さを感じた。二階へ上がると何かがある、と変な胸騒ぎがしてくる。
気のせいだろうと思う。でも嫌な気配が二階から漂ってくるようなのだ。
「……クウター、いるか?」
二階には何部屋かの客間がある。廊下から見渡せる客間の並んだ障子はそれぞれ閉じられており、中の客は全員外出しているようで誰もいなかった。だとすれば店の者は部屋の清掃をしているかもしれない。
そう思って声をかけながら、カルは部屋を巡っていく。障子の一つ一つを少し開き、各部屋の中をのぞいてみたがクウタの姿はない。客間の畳みの匂いを感じるのみだ。
「クウター?」
あと一つ残っているのは客間から離れた位置にある部屋だ。日が当らず、少し薄暗い渡り廊下を抜けた先にあり、今は使われてはいないのだろう。張り返られていない障子紙は黄ばみ、床の隅や障子の組子部分には埃が溜まっている。客間ではないが倉庫として使われているのか、取っ手には埃が積もっていなく、人が触った形跡があった。
「誰かいますかー? ……入りますよー」
中に誰かがいても無礼がないよう、声をかけつつ障子に手をかける。そっと開くと中から湿気を帯びた空気がむわっともれてきた――のだが。
(この臭いっ……!)
それと同時に、鼻を刺すようなきつい臭いがした。それは普段嗅ぐことはないもの、しかし最近では嗅ぐ機会があった、とても好きにはなれない臭い。鉄錆のような、血の臭い。
カルの心臓は大きく脈打つ。全身の血が一気に心臓へと集まる。嫌な予感、それはもう的中するしかない。
障子を全部開け放った先、薄暗い中にうつ伏せで誰かが倒れている。それは体格からして男。赤の血に染まる見覚えのある着物。動かぬ手足。
見たくはなかった、親友の、こんな姿は。
「クウタっ……⁉」
探していた人物はそこにいてしまった。
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