新たな事件と両親の真実を追う
第八話 朝のにぎわい、のち狐
目が覚めると、腹の上に重さがあった。
なんだ、布団ってこんなに重かったっけ、それとも金縛りか。自分、タキチとは会話ができるけど霊的な能力はないはずなのに。
カルが恐る恐る目を開けると――その途端、腹の重みがドスンと跳ねた。思わず「ぐえっ」と、しゃがれた声が出てしまった。
「おにーちゃん! あさだよ、おきて!」
「あ、ぐぅ……あ、キ、キッタか……わ、わかったから、どいてくれ……」
木刀でぶっ叩かれるより痛かった。腹はダメだって。
カルがのそのそと起き上がると、キッタと呼んだ刈り上げで六歳の男の子は「おはよ!」とカルの目の前で飛び跳ねていた。
「おねーちゃんが、あさごはんできたから、おこしてきてって! カルにーちゃん、あとでまたあそんでよ、チャンバラごっこしよ!」
キッタは明るい声で笑いながらカルの腕を引っ張っている。朝から子供は元気なもんだ。
「わかったよ、キッタ。でも朝ごはん食べたら俺もやらなきゃいけないことがあるから、それが終わったらな」
キッタは聞き分け良く「はーい」と答えると「またあとでねー」と室内から出て行った。バスラの宿屋、飛天の客間の並ぶ廊下を走る小さな足音が遠ざかる。気が抜けたカルはあくびが出てしまった。
顔を洗いに中庭の井戸に向かうと、すでに着物の裾をたすきがけし、働く気合い十分のクウタが洗い桶で洗濯をしていた。
お互いに挨拶をすると「カル、すまないなぁ」とクウタが謝ってきた。
「あいつの相手は大変だろう。なかなか手に負えないヤンチャさでさ」
「ん、キッタのことか。別に大丈夫だよ。それでここでお世話になることができてんだからさ。宿にいる時ぐらいなんでもやるよ」
「そう言ってくれると助かるよ。でもキッタの相手すんのは仕事の中で一番疲れる気がするからなぁ……なんか悪さしたら、すぐにスーに言うといいぞ。お姉ちゃん怒らせると怖いからな」
キッタはスーの弟だ。六歳らしく遊び盛りでヤンチャ坊主。昨夜、クウタとスーに自分の金銭的な事情を話して、飛天にいる間だけキッタの相手をしてくれれば宿代も飯代もおまけしてあげると、スーが言ってくれたのだ。
それはとてもありがたい申し出だった。
だがクウタに金がないことを話したら「剣士って大変なんだな」と同情されてしまった。ちょっと悲しい……。
「まぁ、カルには頑張ってもらわなきゃならないからな! 早いところ、バスラのおかしな事件を解決してくれよ。キユウ先生も出てくれてんだから、あっという間に解決するとは思うけどな」
クウタの動かす手と共に、洗い桶に入った水がバシャバシャと揺れている。その様子を見ながらカルは苦笑いを浮かべた。
クウタはそう言ってくれるが、多分一番期待されているのは自分ではなくキユウなんだと、なんとなく思う。そりゃそうだ、自分は無名なんだから。
カルがちょっとだけ気持ちを暗くしていると、クウタが洗濯の手を動かしながら「カル」と呼んだ。
「俺さ、近いうちにスーと結婚式を挙げたいと思ってるんだ」
「あ、うん、そうなんだ」
「でも物騒な事件……あれが解決してくれないと安心して式が挙げられない。だから俺はお前に期待しているんだからな」
……前言撤回だ。なんだよ、クウタが自分に期待していない、なんて思い込みは。
クウタの思いのこもった言葉に「わかった」とカルはうなずく。クウタのためにも事件を解決させなければ。
そう気持ちを改めていると「ところでさ!」とクウタは、なぜかニヤけていた。
「スーって美人だろ。しかも胸がデカい」
突拍子もない発言にカルは「はぁっ?」と声が上ずる。クウタは頬を赤くしながら「だってそうだろっ」と急に焦りだした。
「スーは俺より年が二つ上なんだよ。でもしっかりしてるし料理はうまい。バスラでも評判良い宿の娘……もうバッチリじゃんか」
「はぁ、なんだ惚気か? ……俺には何がバッチリなのかよくわからないけど、確かにお前の注目するのってそうだよな。昔から胸のでかいお姉さん追いかけていたもんな」
「あぁ! それスーに言うなよ! 絶対言うなよ! また怒られる」
すでに尻に敷かれる確定か。クウタは優しいもんな。けれどクウタとスーならにぎやかな家族になりそうだ、加えてキッタもいるんだから。
……なんだかうらやましい。
クウタと馬鹿みたいなことを言っていると昔を思い出して楽しかった。
カルはすぐに作ってもらった朝食を済ませると部屋に戻り、出かける準備を整える。
準備を終えて「行くか」と呟いたところで、腰に提げた刀の赤い二本の飾り紐がふわりと持ち上がった。
(カルって、やっぱし、さびしかったんだな)
タキチの控えめな問いに、カルは「なんだよ」と短く返す。
(そんな突っかかるなよ、わかってるつーの、それぐらい。何年カルを見ていると思ってんだ)
タキチの鋭い洞察に、どう答えようかと思ったが。嘘をつくことでもないと思い直して「そうだな」と小さく答えた。認めるのは気が引けるが……まぁ、実際そうなのだから仕方ない。
家族……あたたかい繋がり。クウタを見ていたら自分になくなってしまったものが、より一層うらやましいなと思ってしまう。
今の自分にも血の繋がる者がいる。
いるけれど……離れてしまうから。
(なんだかんだで、あいつは俺の唯一の血の繋がる家族だからさ……やっぱり側にはいてくれたらなってなんとなく思っちゃうんだよな……別に関係ないのにな、血が繋がってるとか)
(そうだなぁ……でもあのおっさんにはカルの母ちゃんの血が流れてるんだ。気にしないってのが無理だと、おれっちは思うよ。それにやっぱし、誰かが側にいるとあったかいじゃん。それは生きているヤツしかできないことだからな)
タキチの呟きが、聞いていると少しさびしい気持ちになる……そうだよな、タキチには肉体がないから。ごめん、タキチ、俺にはお前がいてくれるのに。
(……カル? なんだよ、なにショボくれてんだよ! 早く外に行こうぜ、カル!)
けれどタキチは誰よりも前向きだ。タキチのためにもショボくれている場合じゃないんだ。
「……あぁ、行こう、タキチ!」
気合いを入れ直し、カルは飛天を飛び出した。
『おや、アンタら、やっぱりこの都に来たんだねぇ。どう、金は稼げそうかい?』
飛び出した瞬間、カルは固まった。多分タキチも肉体があって一緒に飛び出していたら、同じように固まっているに違いない。
突如聞こえた聞き慣れない声、でもつい最近聞いたことのある声。
飛天を出た先、地面に置いてある銀色の狐の置き物――いやいや、これ、ホンモノだ。尻尾動いているし、しゃべっている。
カルの前にいたのは、昨日山の中で出会った銀狐だった。
……え、アンタら、って言った?
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