あやかしタヌキと少年剣士〜にぎやかに呪刀事件解決します~

神美

少年剣士は前を行く、願いのために、タヌキと共に

第一話 貧乏道中はいざ都へ

 腹が減った、朝から何も食べていない。

 行く当てもないから、どこに向かったらいいのかもわからない……あぁ、饅頭食べたいな。


 もう一度確認をしてみようと、緋色の着物の袖をバサッと翻し、カルは己の袖の下に手を入れてみた。そこに財布を忍ばせてあるのだ。

 財布は確かにそこにあった。

 だがそれを取り出し、いくらそれを揺らしてもジャラジャラという音はしない、バサバサという薄い布の音のみだ。

 そう、肝心の中身はすっかすかなのだ。


『……カル、その動作、さっきから何回やってんの』


 ここは町からも村からも外れた峠道のど真ん中だ。見渡す限り、あたりは岩と土ばかり。空だけはきれいに晴れ渡っている。

 そんなカルのそばには誰もいないというのに、 今の声はハッキリと頭に響くように聞こえる。少年のような甲高い明るい声だ、今は呆れているけれど。


 それはカルの腰に差した赤銅しゃくどう色の鞘に収まった刀から発せられている。鍔の下に巻かれた赤い二本の飾り紐が意識を持ったようにフワフワと動いている。常人が見たらびっくりするだろう。


『はぁぁ、おれっち達……旅に出てまだ一か月も経ってないよ。それなのにもうおしまいなのか。おれっち達はこのまま餓死して終わるのか。あぁ、せめて死ぬ前にうまい骨付き肉を食べたかったよぉぉ』


 刀に宿りし魂が、おんおんと情けない声で騒いでいる。カルはそれをいさめるように刀の鞘をグッと握った。


「タキチ、うるさいよっ、ていうか。お前はもう死んでるし、肉なんて食えないだろ」


 カルがツッコむとタキチは『そうだけどさー』と不貞腐れたように言った。


『大体、カルが悪いんだよ。大したお金持ってないっていうのに町の宿屋なんかに止まるから』


「だってあんなに値段が高いと思わなかったんだ」


『はいはい、カルは田舎出たばっかで世間知らずの坊ちゃんなんだからなぁ。なのに無計画に旅に出るっていうのが無謀だって言うんだよ』


 その言葉に、今度はカルが「そうだけどさぁ」と不貞腐れる。


「あんな田舎にずっといたんじゃ、いつまでたっても剣術は極められないし、金も稼げないし、偉くもなれないじゃん。ただひたすら畑で自給自足してくだけの生活じゃん。俺、十六歳だよ、そんなジジイみたいな人生じゃつまんないよ」


『あーあー、わかったよ。そうだよな、確かにあんな田舎にいたってつまんないもんな。わかってるさ、この旅はカルを成長させるための旅だってのはわかってる。 けど、金がなきゃ食べるもん買うこともできないし……どうすんだよ、草でも食べる?』


 うーん、せめて金が稼げれば、と二人――いや一人と“一匹”で悩む。


「剣士って、みんなどうやって、金を稼いでるのかなぁ……んっ?」


 悩むカルの前、いや足元を、スッと横切る何かがいた。見れば狐だった。

 だがただの狐ではない。

 銀色の毛並みをした狐だ。


『金を稼ぐには人の多い場所に行くといい。この山道を下って、草原を越えた先に、この地方一栄えたバスラという都があるよ』


 銀狐は至極当然のようにしゃべると、カルの横を通り過ぎながら山道を下り、先を行ってしまった。

 カルはその様子に「今のは幻聴か?」とつぶやく。腹が減りすぎて目の前の出来事も言葉も幻かと思った。


『いや……おれっちも、見たよ』


「なに? タキチの友達?」


『狐の友達なんかいないって』


 突如現れたしゃべる銀狐。謎すぎて全く理解ができないが「とりあえず先に行ってみればわかるか」と考え、カルは空腹をこらえて歩き出した。


 山道を下ると、やがて辺りは森になった。

 このまま歩いて森を抜ければ草原で、そこを越えればバスラという都があるらしい。


 だが森をすんなりと抜けることはできなかった。森の中をある程度進んだところで目の前に鼻息の荒い巨大猪が現れたのだ。


 猪は目を光らせ、自分の縄張りに入ってきたカルを明らかに敵視し、唸り声を上げた。


「やっば!」


『逃げろ!』とタキチも叫ぶ。

 カルは駆け出したが足取り悪い道を人間が逃げ切れるわけもなく、すぐ背後にはグオォッと低い声を上げる猪が迫っていた。


 ダメだ!


 あきらめかけた時、背後から巨大なものが勢いよく倒れる音がした。なんだと思い、振り向くと――今まで唸りを上げていた猪が倒れ、のたうち回り、そのまま失神していた。


「な、なんだっ?」


 猪以上に凶暴な何かがいるのか。カルは腰に提げた刀に手を伸ばす。

 すると猪から近い距離にある茂みがガサッと揺れ、そこから一人の男が現れた。


「ったく、なんだなんだ。巨大でかわいい猪に誰が追われてるのかと思ったら。どっかの田舎のお子ちゃまじゃねぇかよ」


 ふらり、と。揺れる枝垂れ柳のように現れた男。その顔がこちらを向いた時、カルはそれが誰なのか、すぐにわかった。

 まさかこんなところで出会うとは。

 胸が無理矢理、押し込まれるようにズキッと痛んだ。

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