第8話
株式会社キューブのとある会議室にはいつものようにピリついた空気が立ち込めていた。
長机が並べられ椅子に座る数名は全員20代前半の顔ぶれだが皆、表情は暗い。
恒例になりつつある、会議に集まった彼らの視線の先にはこの部屋唯一の30代後半ぐらいに見受けられる男に向いていた。
いつものように髪はボサボサで無精髭を生やしまるで清潔感が足りていないその男、神谷の表情は不機嫌そのものでいつものように眼鏡の奥の鋭い眼光には怒りがこもっていて、明らかにこの男が原因でこの部屋の空気がピリついているのがわかるがこれもいつもの風景だ。
「全員の企画書、読ませてもらった...。それでさぁ、お前等全員仕事なめてんのかっ!あぁ!?どいつもこいつも毎回毎回、適当な仕事しやがって!おいっ!吉田---」
「神谷っ!」
会議室の扉が勢いよく開けられいつも飄々とした様子とは違い焦りの表情を浮かべた薮内の姿があった。
「お、おう。どうした薮内」
いつもと違う薮内の雰囲気に驚いた神谷だが、そんな神谷にはお構いなしに薮内は神谷の腕を掴み有無を言わさず会議室から引きずり出した。
そんな様子を見送る会議室にいた若いスタッフ達は混乱したが、どうやら神谷にこれ以上怒鳴られなくてすみそうだと皆、神谷が引きずり出される姿に安堵の表情を浮かべた。
「お、おい。薮内!なんなんだよ急に!」
薮内は神谷を誰もいない喫煙室に連れ込んだ。
「これだよ!これ!」
薮内は手に持つ紙の束を神谷の胸に押しつけた。
「なんだよ?ん?これは...。」
「覚えてるか?1ヶ月前にお前に回したクレーム。スクウェアクエストの。お前確かあれってユーザーの勘違いじゃないか的な事言ってたよな?」
神谷は薮内から紙の束を受け取り目を通した。紙の束はどうやらクレームのメールをプリントアウトしたもので、そこに書かれていたのは1ヶ月前に広報部から回されてきたクレーム内容とどれもこれも同じ内容だった。
「朝一からメールがガンガン来てるんだよ。陽子ちゃんがメールの内容みて部長に報告して、俺が小言言われて。せっかく陽子ちゃんに1ヶ月かけて仕事が出来る男アピールしてちょっとづつ見直されて来てた、はず...の所で!『薮内課長、女性にだらしないだけじゃなくて仕事にもだらしなかったんですね!』とか言われちゃって!どうしてくれるんだよ、神谷!お前のせいだぞ!」
「陽子ちゃんって、確か広報部の新人の娘、だったか?そういえばその娘と気まずくなったどうこう言ってたな。女性にだらしないって...。お前、何やったんだよ」
「陽子ちゃんとデートした時にセフレと出会しちゃったんだよ!それで気まずくなって...って、何いわせんだ!」
「いや、それは俺関係なくないか?」
「うるさい、うるさい、うるさーい!とにかく至急原因突き止めてくれ!うちの部長がうざくてたまんないから!」
「あぁ、わかったよ」
神谷は薮内と別れ開発部へ向かった。
「おい、田中。吉岡はどこにいる?」
神谷はソフト開発部のオフィスに戻り、1番最初に目についた女性社員に声を掛けた。
「お疲れ様です!吉岡さんですか?確か新作アプリの打ち合わせで丸山さんと会議室ですよ」
「わかった」
神谷はそのままオフィス奥の会議室にいつものようにノックもせずにドアを開けた。
会議室にはぼっーとした表情の若い男性社員の吉岡とニヤついた表情の茶髪の若い男性社員の丸山が机を挟み対面に座って何やら話しているようだったが二人とも会議室に突然入ってきた神谷に驚き視線を向けた。
「吉岡、お前にスクエニのデバッグやらせたよな?」
「お、お疲れ様です、部長。は、はい。あの、1ヶ月ぐらい前にやりました。ぶ、部長に報告もしました。」
「あぁ、問題ないって報告を受けた。もう一度聞くが本当に問題なかったんだよな?」
「は、はい。問題ありませんでした」
「そうか」
神谷は一ヶ月前に吉岡にスクウェアクエストのバグチェックをさせたのは仕事中ぼーっとしていた吉岡に罰を与えるのとは別に吉岡が優秀だったからだった。
神谷自身も大した問題ではないだろうと考えたスクウェアクエストのバグ、クレームだったが何か引っかかる思いがしてプログラム解析では社内一の吉岡にやらせた。
吉岡は問題なかったというが、現に5週目の主人公のセリフが変わると言うクレームが多く上がっている。
「吉岡、お前本当にちゃんとチェックしたのか?それとも見逃しとかミスとかしてねぇーだろーな?」
「えっ?いえ、その。ちゃんと、しました」
「あのー、部長、すんません。何の話っすか?それ」
吉岡の正面に座る丸山が神谷に質問した。
丸山 和樹は吉岡と同じ株式会社キューブが運営するSNSのソーシャルゲームを管理する一員だ。
見た目も言動もチャラいが優秀なスタッフだ。
「一ヶ月前にスクエニのバグについてクレームが上がってな。吉岡にデバッグさせたんだよ。問題ないって事だったんが、今日これが届いたんだよ」
神谷は薮内から預かった、広報部に届いたクレームをプリントアウトした用紙の束を2人の目の前の机の上に投げた。
「これは広報部に今朝きたメールのお越しだ。全部スクエニのバグについて、一ヶ月前のクレームと同じ内容なんだよ」
「そ、そんな!」
吉岡は困惑した。
「だから確認したんだよ、問題なかったかって」
「お、おかしいです。ぼ、僕ちゃんとチェックしました」
「じゃあなんでこんなもんが届くんだよ!100件近くあんだぞ!?」
「そ、そんな...」
「てゆーか、部長。俺もバグりましたよ。スクエニ」
「は?」
「えっ?」
「いやぁ、実は俺もスクエニやってみたんっすよ。ミクスって海外のSNSでちょこっと話題になってたんで。この前有給4日とってやってみたんすよ。いやぁー、あんなレトロゲーを5週はきつかったっすわー。そんでマジで主人公のセリフ変わっちゃってるんっすよ5週目で。つい記念にスマホで記念撮影しちゃいました。それで気になって中身みたんですけどむしろ何でセリフ変わっちゃったかマジわかんなかったんすよ。全然、理解不能っすね。あれ、ぶっちゃけホラーっすよ」
「・・・・・。」
「ミクスってガチ勢が集まるやつなんで俺とおんなじ様に中身見たやつ結構いたんすけどわかんねーから運営に皆んなで問い合わせようってスレで盛り上がっちゃてましたわ」
「...丸山、お前それいつの話だ?」
「えっーと。有給とったの20日前ぐらいだったんで20日前ぐらいっすかね?」
「...ふざけてんじゃねーぞ、お前!!!なんでその時に報告しねーんだよ!!!」
「さ、さーせん」
「お前ら2人で直ぐに解析しなおせ!」
「「は、はいっ!」」
ホラー?何言ってんだこいつは。
まぁ、それは置いといて実際にバグは起こってるって事は分かった。
なら絶対何処かに必ずバグを誘発するコードか何かがあるはずだ。
とりあえずバグの特定は二人に任せて俺はクレームの対象にしねーとな。
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