第4話

薮内と分かれた後、神谷はソフト開発部に戻った。


「おい、田中いるか?」


ソフト開発部の雑多なオフィスには数十名のスタッフが在籍しており主に新作ソフトの開発に伴うプログラム作成やバグ修正、オンラインゲームやソーシャルゲーム、ブラウザゲームの管理、修正、ゲームアプリの開発や管理などそれぞれいくつかの課に分かれ業務に携わっている。


もともと新作ソフトの開発のみを扱う部署であったが時代の流れの中、ゲームの多様化によりそれらに対応するために様々な業務を受け持つ部署となっていた。


「はい!部長、お呼びでしょうか?」


若い女子社員が神谷の呼び掛けに答えた。


「広報部からメールが転送されてると思うからそのまま俺のアドレスに転送してくれ。」


田中真美は入社3年目でソフト開発部で情報管理を担当している。


他部署との打ち合わせのスケジュールを組んだり電話応対など開発部の中の雑用係の様なものだ。


本人はソフト開発に携わりたいようで神谷に新しいゲームの企画書を度々提示しては情報管理の担当から外して欲しい要望を伝えるが企画がどれもこれも未熟な為、ことごとく失敗している。


「なになに?バグが起きている?5週目の主人公の最初のセリフが増えている?」


転送された英文のメールを訳した。


スクウェアクエストは元々バグが起こりやすいゲームだ。


特に初回出荷の製品はプレイヤーが無意味な操作を繰り返すと固まってしまったり、壁にめり込んで動けなくなったり等が代表的なものだ。


神谷も発売当時は生まれてもいなかった為プレイはしたことが無いがスクウェアクエストを配信するにあたり、過去の資料を確認したためどういったバグが生じていたか大体把握していた。


スクウェアクエストに限らずそもそもゲームにバグはつきものだった。


現に数年前までは新作ソフトの製品化前にテストと修正を繰り返し手作業でチェックしていたためミスにより販売後にバグが見つかる事が時々起きていたが、現在ではデバッガに代わりAIによるバグチェッカーがプログラムをテストし短時間で99.9パーセントの精度で検知する事が可能となっており製品化したソフトにバグが発生する事はほとんどなくなった。


しかし70年前のゲームに関してはそもそもハードであるゲーム機のスペックの問題が原因の場合も多いため、ソフトウェアのプログラムが原因とはかぎらず修正が難しかったようだ。


今回配信したスクウェアクエストに関してはプログラムを一切触っていない。


触る事が許されなかったのだ。


そもそも今回の70周年記念イベントが広報部より企画されたのだが薮内曰く会長からの指示があった様だとのこと。


現会長中野淳は創業者の1人で90歳を過ぎた今尚、会長の座に居座っている。


創業者として後2人居たのだが2人とも20年程前に亡くなっている。


現広報部部長は会長の甥である中野正だが、どうも会長は自らが作った株式会社キューブの記念すべき日を可愛がってる甥に仕切って欲しかったという下らない理由で指示があった様だと神谷は薮内から聞いていた。


更に思い入れのあるスクウェアクエストは当時の状態のままで、つまりバグなどの修正をせずにそのまま配信しろとの事だった。


ちなみにスクウェアクエストのプログラムデータは会長が大切に保管していたらしい初回出荷品を預かりそれのデータをコピーし、各ハードウェア用に移植したものだ。


神谷はソフト開発部長の立場からスクウェアクエストの配信を反対した。


今更そんな昔のゲームを配信したところで宣伝にもならない。


配信準備や配信後の管理をするのは開発部が請け負う事は充分想像できた。


新作ソフトの開発で猫の手も借りたいぐらい忙しい中で人員を割かないといけないことに納得が行かないし広告宣伝としての利用目的だとしても費用対効果が全く見込めないし、それならスクウェアクエスト配信に関わる費用を開発の予算に回して欲しい。


そんな想いから反対したのだが反対したのは神谷だけでは無く他の部からも反対意見が出ていた。


しかし、それも会長の「やれ」の一言で有無を言わさず決定してしまった。

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