ゾロ目企画:悪役幹部の恋

万之葉 文郁

出会いは突然に


 ある夜、さる起業家の娘の誕生パーティが開催され、僕は社長の名代として赴くことになった。


 我社、宵闇コーポレーションはその躍進に暗い噂もままあるが、それでもおこぼれに与ろうと寄ってくる者は大勢いた。どこそこの重役とのくだらない会話も、下品な女の甘ったるい声も本当に煩わしい。

 社長にショーが始まるまで楽しんでこいと言われたが、もう帰りたい。けれど、まだ宵の口であり、帰るには早い時間だった。


 立食形式でテーブルには豪勢な料理が並んでいるが、僕はそれをすり抜け、飲み物片手に会場の隅のソファーに腰掛けた。


 周りを見渡すと壁際に所在なく立ちすくんでいる少女がいた。水色のシンプルなドレスを着た少女は全体に色素が薄く、儚げな印象だ。

 僕はウエイターからジュースを受け取って気まぐれにその少女に近づく。


「お嬢さん。お一人ですか?」

 僕は声を掛けグラスを差し出す。

 少女は始め躊躇したが、努めて人好きする笑顔を見せると警戒心を和らげ、グラスを受け取った。

「僕は氷室ひむろ 夜月ないと。君は主役のお嬢さまのお友だちかな?」

「はい。如月きさらぎ ゆきといいます。友人は料理の方にいってしまったのですけど、私は人の多いところはあまり得意でなくて」

 彼女はか細い声で答える。

「僕は仕事で来たのだけど、僕もこういった席は苦手でね。あちらの椅子に座ってゆっくりしようか」

「はい」

 素直に頷いて僕の後についてくる雪と名乗った少女。話を始めるとお互いどこか親近感が持て、存外に楽しい時間を過ごせた。


 ガシャーン


 会場の真ん中で何が割れる音がする。そして、醜い大きな生物が現れた。


 僕は小さく舌打ちをする。


 あれは同僚が企てた「ショー」だ。我々、宵闇コーポレーションの真の姿は、無辜の民の喜怒哀楽を取り除き、効率的に世界をさらなる発展に導くことを目的として作られた秘密結社だ。あの生物に襲われると感情のない人間になってしまう。


「雪ちゃん、逃げよう」

 僕が手を差し伸べても彼女は動こうとしない。

「友人が。友だちを助けなきゃ!」

 彼女が生物がいる方に向かっていこうとするのを腕を掴んで止めた。

「君が行ってどうなる! 友だちは自分でなんとかするさ」

「でも……」

「さぁ、早く!」

 僕は彼女の腕を引いて、混沌極まる会場を後にした。


 喧騒を逃れ、噴水のある公園までたどり着く。

 呼吸を整えながら後ろを振り返ると、彼女が息切れした呼吸を必死で整えていた。

「大丈夫?」

 僕の問いかけに彼女は頷いた。


 思わず彼女を助けてしまった。そんな自分に戸惑いを隠せない。社の人間、しかも幹部である自分のこのような行動は許されることではない。


「ありがとうございました」

 息を整えて、笑ってそう言った彼女にドキンと胸が高鳴る。


 それは禁断の恋の序章だった。

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