しんでしまうくらいなら、

だぶぴ

本作品は自殺の援助等をする目的一切はございません。

 女子高に通うナツミは、大層な暇をもて余していた。恋人もいない、部活もしていない、委員会にも属していないとなると、ナツミは学校で暇をもて余すことになる。友だちに声をかけても「ごめん、部活動の集まりがあるんだ!」とか、「ごめんなぁ、図書室おらんとあかんねん」とか。委員会や部活動を理由に断られる。休日なんてもっとそうだ。ハブられているのか──なんて思ったりもするが、向こうから「おはよ!」と言ってくる辺り、ナツミには分からない。そもそも、他人から嫌われているかなんて、ナツミにはどうだっていいことだった。

 ──『フユノソラ』。

 古本屋で見つけた一冊の詩集。タイトルは無し、作者はフユノソラ。それだけが書かれた表紙に、ナツミはひどく興味を持った。

 人生ではじめてではなかろうか。ナツミが外部の『なにか』に惹かれるのは。

 15円という破格の値段にも惹かれた。何がなんでも安すぎないか、と不安にもなった。残酷なことが書かれているとか、本当は官能小説だったりだとか、色々考えた。考えた結果、買うことにした。あまりにもひどい作品であったなら、どうせまた売ればいい。そう思ったのだ。


『心がしんでしまうくらいなら、』


 めくった一頁目。真っ白な紙には、黒いインクでそれだけが書かれていた。どうやらこのフユノソラという作者は、勿体ぶるのが好きらしい。

 ナツミは呆れながらも、ペラリと次のページをめくった。


『死ねばいい。』


「…え?」


 ナツミは困惑した。だって帯にはしんでしまうくらいなら翔ぼうぜ!!と、無駄に明るい言葉が書かれていたから。

 ゾッと体が凍る感覚に陥る。けれども、ナツミは『好奇心』に勝てなかった。15円で売られていた謎の詩集。その軽い本を持ち、レジへと向かった……。


 帰宅し、ナツミは早速詩集を開いた。

 心がしんでしまうくらいなら、死ねばいい。そう思った作者を疑問に思いながら、次へと進む。



『二章』

 心がしんでしまうくらいなら、死ねばいい。そうワタシが思ったのは、十代の頃だったと記憶している。

 母の寵愛を受けながら、父に自立を促される。それはごく、普通ならば(あまり普通という言葉は使いたくないが、便宜上。)至極当たり前のこと。母の愛はからだを守り、父の愛は社交を促す。当たり前のこと。しかしながらあぶれることが、時折──起こりうる。

 寵愛を受けすぎた人間、自立ばかり押し付けられた人間、愛さえ受け取れなかった人間。彼らの心は総じて、死にひた走っている。彼らではない。彼らの心が、死へと走るのだ。埋め合わせるものが『死』以外分からなくて、死へと走るのだ。だからワタシは言う。


 『心がしんでしまうくらいなら、死ねばいい』と。


 ──ナツミはある程度読み進め、フユノソラが何を言いたいのか理解できてきた。

 両親からの愛に餓えれば、餓えるほど、それは辛いものになるとい言うこと。だと、思う。だから心が死んでしまって、感情を失うくらいならば、いっそ──

 そこまで考えて、ナツミはまたヒヤリとした。

 いっそ『死ね』と?馬鹿馬鹿しい!

 帰結はやはりそこなのだと気がついたとき、ナツミは酷く落胆した。

 しんでしまうくらいなら翔ぼうぜ!!

 あの言葉は嘘だったのかと、落胆した。



 そしてナツミは、フユノソラをSNSで批判した。

 『何が死ねだ』と言った。そんな批判が誹謗中傷になるまで、そう時間は掛からなかった。

 はじめて感情を持った子どものように、ナツミは批判すること自体が楽しくなっていた。もうフユノソラを批判したい気持ちじゃない。何かを『批判』したいだけ。むらさきいろのナイフが楽しくて愉しくて、ナツミは虜になっていた。


『きえろ』

『才能無し!』

『さっさと干されろ』


 むらさきいろのナイフは鋭さを増していく。ナツミは恍惚に止まれなかった。


『しね』


 ぐしゃりと、何かを潰した音がした。

 ナツミは送ったメッセージ欄を見返して、自分の行動にゾッとしたのだった。

 覆水盆に帰らず。

 ナツミが振りかざしたナイフの分、フユノソラの心は死にひた走っていただろう。

 もし、もしもフユノソラが誹謗中傷で自殺してしまったら?

 責任なんて、取れるはずもなかった。

 ドキドキとうるさい鼓動のなか、ブブッとバイブレーションがメッセージの着信を伝える。


『ほんま、ごめんなぁ』


 見覚えのある訛り。何に謝罪しているかなんて、気付きたくもなかった。あれは、彼女の──

 次の日の学校は騒然としていた。朝一で来たあの子が、屋上から飛び降り自殺。人も少なく、見つからずで亡くなったらしい。

 心がしんでしまうくらいなら翔ぼうぜと、彼女は言った。本当に翔んでしまうなんて、翔んで逝ってしまうなんて。


 「……思わなかった…」


 なんて言えば許される?あの本には、死ぬことばかりが書かれていた。まるで、背中を押して欲しそうに。

 今もまだ、彼女の言葉が離れない。まとわりつく幽霊のように、足先から頭まで支配されているようだった。

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しんでしまうくらいなら、 だぶぴ @DABURUpiece

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