第17話 ゆっくり休んでネ、アブラハム。( ; ; )

 アブラハムさんから、ハナスの所に連絡が入りまして……会ってきました。昨日、帰ってきたばかりです。その時の様子を皆さまにお伝えしたいと思います。


 アブラハムの住む地、カナンに近づくと、大勢の人がアブラハムの天幕を取り囲んでいました。昼間はうつらうつらしているそうです。私はケトラと名乗る女性に案内されて、アブラハムの寝室に入る事が出来ました。


 ケトラはサラと違って少し肌の黒い女性です。召使いの一人かしら? と思っているとアブラハムに手招きされました。やっぱりおじいちゃんになっています。


「ハナスさん、遠い所からありがとう。来てくれて嬉しいよ。今日ここに、あなたを呼んだのは、他でもない。モリヤ山からイサクと帰って来たあの日から、今日までの事を話したかったからだ。どうぞ、ここに座ってください」


 なんていう事でしょう。イサクを犠牲にするという信仰の試みを受けたあの日から、四十年経っているんですって。アブラハムは今、百七十五才です。


「ハナスさん、聞いてください。───モリヤ山から帰り、私はそれまで通り遊牧民として神の祝福を受けながら、幸せな日々を送っていた。けれどそんな楽しい生活は二年と持たなかったよ。愛する妻、サラが、サラが亡くなったんだ」


「えっ! サラが先ですか? 若かったですね。んー、百二十七才くらいかしら? あ、じゅうぶんいい年、いや、それは辛かったですね」


「もう、泣いて、泣いて、イサクと一緒に大泣きしたよ。けどいつまでも泣いていても仕方ない。サラを埋葬しなきゃいけなくて。悩んだ。生まれ故郷のハランにする事も考えた。うっ、思い出すと涙が出て……サラ、愛するサラ」


 アブラハムは突然泣き始めました。その声を聞いて、ある男性が寝室に入って来ました。年は、そうですね、こっちもおじいちゃんみたい。誰?


「ハナスさん、いらっしゃいませ。イサクです。───父親は母の事を心から愛していたんです。時々思い出したように泣くんです。けど母親のためにマクペラにある畑地とほら穴を銀四百シェケルで買いました。最上の墓地でした」


「知ってます。アブラハムがカナンの地に唯一持っていた土地ですね。町の有力者エフロンにぼったく、いや、通常価格の十倍の金額で手に入れたそうですね。もう、ハランの地を捨てる覚悟が出来ていたんですね。それにしても、イサクさん、貴方も悲しかったでしょう。四才までおっぱい吸ってましたものね」


「……もちろん。ですが、父が僕にお嫁さんをもらってくれました。僕、奥手でしょう。カナン人とは結婚出来ないし、出会いがないし、独身でもいいかなって思ってたんです。けど、アブラハム契約っていうのがあって、僕の子孫が多くなるっていうから、父親に全て任せました」


 はっ? 知らんし。イサクが奥手かどうかは分かりませんが、私は花嫁選びのエピソードを知っています。


「私、知ってますよ。アブラハムが一番信頼している僕のエリエゼルに探して来てもらったんですよね。十頭のラクダを連れて、ハランで嫁探ししたんですよね。全部のラクダに水を飲ませてくれる娘を井戸で見つけたんでしたね」


「ハナスさん、良く知っていますね。それがすごい偶然だったんです。私の兄ハランの息子ベトエルの娘だったんですよ。イサクからしたら従兄弟の娘です」


 急にアブラハムの目が輝き出しました。やはり親戚から嫁が来ると嬉しいんでしょう。十頭のラクダに水を飲ませた女性の名はリベカです、快活。寛大。親切。元気です。じゃあさっきの女性ケトラは、リベカの召使いかしら?


「ケトラでしょ? イサクが嫁さん貰ったら、羨ましくなってね、私も再婚しちゃいました。ついでに子どもも作ってしまいました。六人でーす!テヘペロ」


 さっき泣いてたじゃん。サラ、サラって泣いてたよね? じいちゃん、精力強い。いや性欲強い。子孫繁栄のためですものね。


「ハハ、ははっ。ハナスさん私は幸せ者です。私はもう後悔する事なんてないよ。イサクは跡取りになってくれたし、ケトラとの子どももみんな、それを認めてくれた。全財産をイサクに相続する事も承諾してくれた。神様のおかげだ」


 陽気に笑うアブラハムの声は元気です。今日は体調がとても良いと、体を起こして、私に深くお辞儀をしてくれました。


 追放したイシュマエルの事は、聞かないでおこう。私もアブラハムに深くお辞儀をして、寝室をあとにしました。イサクが見送ってくれるそうです。


 天幕を出ると、男の子とぶつかりそうになりました。


「大丈夫ですか?ハナスさん。……エサウとヤコブ、お客様にちゃんと挨拶しなさい。二人は僕の息子です。髪の赤い方がエサウです。双子なんですよ」


 私はもう感激しました。有名な双子です。イサクの息子、ヤコブです。ほら、あの有名なヤコブです。ヨセフのパパです。ヤコブの息子たちが十二部族の始祖となるんです。


 アブラハム、貴方の子孫は確かに海の砂のように、天の星のように、全地に増え広がりましたよ。ハナスは知っています。


*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


このエピソードを書いている時、イサクからメールが来ました。

アブラハムが長寿を全うしたそうです。老衰です。埋葬するんですって。どこに埋葬? 誰と行くと思います? 答えは創世記二十五章九と十節にあるんですって。アブラハムの冥福を祈り、最後にその部分を記しますね。


「年老いたアブラハムは充実した人生を送った後、息を引き取った。息子のイサクとイシュマエルが、マクペラの洞窟にアブラハムを葬った。そこはマムレに面した所で、アブラハムが買い取った土地である。妻サラが葬られた場所に、アブラハムも葬られたのである」     


 アブラハム、愛する息子イサクとイシュマエルに埋葬されて良かったね。

 愛する妻サラと永遠に!          


 

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