魔道映像機
翌朝。いつもより少しだけ寝坊したエルザは、慌てて身支度を整える。
朝食はリンが用意してくれていた。
「もっと寝ていてもいいのに」
リンは口をとがらせ、不満そうだ。
「そうも言っていられないわ。昨日、突然休んでしまったし。お店は、あまり休むとお客さん、来てくれなくなるから」
エルザは慌てて食事を始める。
「今日だって、休めばいいと思うのに」
リンはふうっとため息をつく。
「そんなに、たくさんお客さんが次から次へと来るわけじゃないわ。もしよかったら、リンが手伝ってくれると助かるのだけれど」
とりあえず、お客が来たときに相手をしてくれる人がいれば、エルザはゆっくりと作業ができる。もちろん、店番がいなくても、作業はしているのだけれど、ほんの少しだけ気持ちが楽になるだろう。
「え? いいんですか?」
「ええ。でも本当に、お客さんが来ないと何もすることないし、基本は、お客が来たら私に伝えてくれるだけの仕事だけれど」
パッと顔を輝かせるリンに、エルザはちょっと申しわけない気分になる。
食品などを売る店であれば、ある程度お任せは出来るけれど、エルザの店は、薬品や化粧品、魔道具など多岐にわたっていて、一日二日で対応できるものではない。
「でも、エルザさんのお役に立てるなら嬉しいです!」
「ありがとう。じゃあ、まずリンが回収してくれたバンパイアバインの蔓を干すのを手伝って。そのあと私は手紙を書くから」
エルザは食事を終えるとそれを片付け始める。
「あ、エルザさん片付けは私が」
「いいのよ。まず、バンパイアバインの蔓を中庭に持って行ってくれる?」
「はい」
リンがパタパタと台所を出て行った。
エルザは台所を片付けてから、中庭に出る。中庭といっても、それほど広いわけではない。せいぜい人が一人通れるくらいの幅で、長さはかなりあるけれど、使いにくい横長な庭だ。薬草を干すためのスペースなので、それでいいのだけれど、欲を言えば、自分で薬草を栽培するくらいの庭が欲しい。しかし、にぎやかな帝都の商業区域に店を構えている以上、それはかなり難しい。
細い横長の空間に竿を渡し、物を干す空間を作っている。日当たりは、意外と悪くない。日影が必要な場合は、日よけを使ったりもする。
「リン、桶の中で一度、絞ってこっちにくれる?」
「はい」
リンはエルザに頷いて、手桶に入った蔓を軽く絞った。そして、それを丁寧にエルザに渡す。
「これ、どれくらい干すんですか?」
「そうねえ、お昼前くらいまでね」
エルザは蔓を竿にかけた。
「そんなに早いんですか?」
「ええ。風の魔術を使うから。自然乾燥より品質が落ちないのよ」
エルザは言いながら、作業を終えると、蔓に風の魔術をかける。
蔓に滴っていた水があっという間になくなっていく。
「わぁ。すごい」
リンが目を輝かせる。
「これだと、雨の日でも洗濯物が簡単に乾きますね」
「そうね。ただ、私も仕事で魔力を消費するから、日常生活ではよほどのことがない限り使わないようにしているけど」
これくらいの初歩魔術で消費する魔力などたいしたことはないのだけれど、それでも、仕事でどれだけの消費が要求されるかわからない以上、生活の小さなことに魔術を使うことは惜しんでしまう。
「それにしても、エルザさん、本当に魔術師なんですね」
リンが感心したように頷く。
「えっと。前にも言ったけれど、錬金術師でも初歩の魔術は使うのよ。一般的な魔術師っていうのは、もっとすごい魔術を使うの。魔術を使えば全て魔術師というのとは違うわ」
エルザは苦笑する。帝都でなければ、錬金術師も魔術師も、それほど見かけることはないだろう。違いを知らなくても問題はないけれど、実際には全く違う職業である。
「これは終わりだから、あなたはお出かけの支度をして。私が手紙を書いたら、伝書屋に持って行ってもらいたいから」
「はい」
二人は部屋の中に入る。
リンに店の方に来るように伝えて、エルザは店の机に向かいペンをとる。
ーー仕事以外で手紙を書くなんて、本当久しぶりね。
前に書いたときは、おそらく義父が亡くなった時。
同じ土地に住み着いていると、遠方に知り合いができることもない。
全てわかった後、リンとは手紙を交わす仲になりたいなと、エルザは思った。
午後。エルザはバンパイアバインの蔓の加工に入った。
客が来てもすぐに対応できないので、カウンター席にはリンが座っている。
張り切っているリンには申し訳ないが、客はそれほどこなかった。リンは拍子抜けしたみたいだった。
エルザは繊維と繊維をより合わせ、一本の紐をつくる。そして、それに魔術を流し、加工していった。
そうして、ようやく夕刻には、完成したそれを、今まで修理済みの部品と部品につなげることができた。
「ふう」
エルザは一息ついた。
「リン、お店を閉めてくれる?」
「はーい」
リンは大きな返事をして、店じまいをはじめた。エルザも立ち上がって、自分も窓などを閉める。
「リン、ご飯の前に、ちょっと珍しいものを見ない?」
「え? なんですか?」
窓を閉めて店内は、暗くなっている。エルザは作業机の上に置いた魔道映像機を指さした。
「えっと。オルゴールですか?」
リンは興味深げに小さな金属の箱を眺める。
「オルゴールではないわ」
エルザはニコリと笑んで、箱を開いた。
途端に箱から光の束が広がる。
「きゃっ」
リンは小さく悲鳴を上げて、床に座り込んだ。
大きな船がいきなり作業台の上に現れる。
「ごめんなさい。驚かせてしまったわね」
さすがに何も言わずに始めてしまったのは悪かったなあとエルザは反省する。
港町の風景が突然目の前に現れたのだから、驚いて当然だ。
「これは、魔道映像機と言って、あらかじめ撮った映像を映し出す魔道具なの。小さいけれど音声も入っているでしょ」
「わ。そうですね。波の音がします」
リンは床に座り込んだまま、こくこくと頷いた。
「ロゼッタ 一緒に写ろう」
男の声がして、現れたのは若い男。カーナル男爵によく似ている。ちょっと違うような気もするけれど。どうやら、自分で撮影しているようだ。
「やだ、恥ずかしいわフィリップ」
「せっかくだから、君を撮りたいよ」
画像がはにかむ若い女性を映す。二十代くらいだろうか。とても可愛らしい女性だった。
「……あっ」
とたん、リンが息をのんだ。
「お母さん?」
リンはじっとその映像の女性を見つめる。
思いもよらぬ言葉に、エルザは何も言えず、その女性を見つめ続けた。
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