第118話 まっすぐあそぼ

「みんな、いい子ですね」と、深町は思う。


「普通に結婚して生活が出来ない世の中がおかしいのだけど」と

ひとりごと。


「でもまあ、何れにせよ、僕は年を取りすぎているからね」


研究室に戻り、帰り支度をした。


「では、お先に」と、まだ残っている研究者に礼を述べてから

帰路へ。


坂道を下り、弥生門から家並みの路地を通って。

本郷三丁目の地下鉄の駅に向かう。


この、静かな町並みが深町は好きだ。


都会なのだけど、落ち着いていて。



本郷三丁目駅は、ビルの真下に入り口があって

結構ミステリアスな感じ。


もう、この時間だと電車も空いている。


東京駅方面に向かった。

山手線に向かった方が早いのだが、帰宅する人で混んでいる為である。


朝も同様で、東京駅から乗る人が少ないので

そうしている。



空いている列車に腰掛けて。


すこし回想。



「友里絵ちゃんは、ホントにいい子だなぁ」と思う。


「婚姻にこだわらなければ、みんなで仲良く暮せるのに」と

思ったりする。



地下鉄は、長閑にごとごと走っている。


こまめに駅に停車するから、時間は掛かるし

この路線から東京駅で新幹線に乗るには、かなりの距離を歩かなくてはならない。


「でもまあ、空いてるほうが」そういう人である。

無理はしない。争いは避ける。


やがて、地下鉄は東京駅に着く。

左ドアから降りたが、ここが地下3階であって

自動改札を経て

地下二階の通路に上がる。


地下鉄の運賃は安いので、通勤費の削減にはなる。


研究施設と言うのは貧乏で、通勤費は月30000円が上限である。


「まあ、受託にすればいいけど」

それも面倒だったし、名の通った研究所の名刺があった方が

後々の仕事に有利だった。


そういった関係で、別の研究所に移れることも多いのだ。


ここが実際そうで、以前いた研究所の取引先のひとつだった。



その地下通路は500mくらいあって。

どこかのホテルの地下のようだが、その通りで


あちこちのビルの地下をつないで通路が出来ている。



「地震、津波が来たら終わりだな」と、思ったりもするし

換気が上手くできていないので、空気になんとなく有機的な感じがする。


そこが終わり、階段を昇ると地下一階である。



そこから、階段を昇るとようやく地上だ。



空気が、まあ、いくらか綺麗。



道路沿いに屋根があり、その下を歩いて

ようやく八重洲口に着く。


そこから新幹線までは、全部のレールを跨ぐので・・・

延べで20分くらい歩く。


「運動にはなるな」と、笑いながら。








愛紗は、飛び出してきてしまって、大分川の河原の方へ出て。


橋の上から川を眺めて。


風に吹かれていると、すこし頭も冷えてきて


「わたし、変な子」だと、気づいたり。



深町の述べた言葉を反芻する。


「スティービー・ワンダーさんのように・・か。

赤ちゃんを愛でる気持で、愛紗を好きになってくれた。」



嫌いでないのは嬉しいけれど。

恋、ではない。



「それはそうよね。」と、愛紗は笑った。


「でも、言えてサッパリした。なんだか。」



鉄道への憧れ、って・・・もっと昔からあったような気がするけど

制服の凛々しさ、みたいなものだったような・・・・。


「でも、経験してみるのもいいかな」と思う。



「とりあえず、伯母さんの縁で・・・。」国鉄を受けてみよう。


そう決める。




川面を渡る風が心地良い。



ゆっくり、伯母の家へと歩いて行こうと「あ!バッグ!」と、思ったけど


「伯母さんが持ってきてくれてるね、きっと」と、思って

そのまま伯母さんの家へ向かった。






伯母さんは、友里絵と由香の様子を遠くで見ていて。


「いい子ね、ふたりとも」


と、微笑んだ。



ふたりが、顔を洗って

エントランスに出て来るまで、広間で待っていた。


TVでは、天気予報。


OBSニュース。


トキハデパートのCMが流れていたり。


九州電力のCM。



ニュースは、絶叫大会の話、草千里の放牧の話題。


長閑なものだった。



「明日は晴れね」と、伯母さんはにっこり。







友里絵も普段に戻り「明日は由布院行くのかな」


由香は「そうじゃない?見たいって言うから・・・でも、国鉄に行くならさ、

思い切って辞めた方がいいね、ここで。」


「じゃ、真っ直ぐあそぼー。!」と、友里絵。



「真っ直ぐあそぼ、って。日本語ヘンだぞ。国語0点」と、由香。



「ははは」と、友里絵。


明るい、いつもの友里絵に戻った。



バッグを持って、玄関の方へ・・・・。


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