第65話 気分転換


楽しいと言ってしまうのは、思いやりかもしれないと

愛紗も思う。


でも、そういうもので


否定的に感情を出すのは、美しくないと

なーんとなく思う。


恥ずかしいもんね。




山岡は、貨物線から海岸沿いの路線に入った

車窓を眺めながら。


小田原を通過して、熱海線に入ったようだった。


箱根山の裾を回る、海岸沿いの路線。

トンネルが多いけど、景色が良い。


貨物線を建設する土地が無いので、ここからは旅客線。


もっとも、新幹線で旅行する人の方が多いのだけど。



山岡はにこにこと「僕は、母が旅行好きなので、付き添いです。

鉄道が好きと言うか、鉄道員になり損ねたというか。憧れですね。国鉄」



愛紗は、意外な共通点につい「私も。それで、バスガイドに」と、思わず

身の上を話してしまって、少し後悔。


旅の道連れくらいなのに。




そうは思ったけれど、山岡はずっと年上だし、お母さんと一緒だから

危険もない。


そういう気持もあった。



山岡は「ああ、僕も、した事あります。ガイドではないですけど。運転手さん。

田舎の町で」と、意外な事を言う。



愛紗はこれから、田舎で運転手をしようかと思っていたところだったので

それに興味があって


「どんな感じですか?」



山岡は微笑んで。「まあ、立ち話もなんですから」と。テーブル越しの

ソファを愛紗に薦めた。



愛紗も、掛ける。




山岡は思い出で「そうですね。ガイドさんなら判ると思うけど、田舎は

緩いですね。時間は長いけど、それは正社員の話で。


お金が少なくていいのなら、中番だけとかね。

そういうのもありましたっけ。


まあ、僕はフルタイムで出てたけど」と。



愛紗は「辛くなかったですか、事故とか」



また、思い出してしまったり。


失敗したかな、とも思ったけど。




山岡は「ああ、そんなにないですね。田舎だと。

だいたい車があんまり居ないので、バスが必要なんです。

おじいちゃん、おばあちゃんのお買い物とか、病院、役場とか。


そういう所を回る、のんびりしたバスなんかだと。


駅からね。病院に行って、郊外のスーパー、ホームセンター。

村役場。病院。そんなのですね。


一日回って。


道は狭いけど、バスは小さいし。マイクロより少し大きいくらいの。

楽でしたね。」



愛紗は、思う。

それなら出来るかもしれない。


山岡は「まあ、安全な仕事ではないので。

母が心配するので、辞めましたけど。元の仕事で

呼ばれたのもありますが」



家族のために、か。


愛紗は、なんとなく抑制みたいに感じる。


それが表情に出たのか、山岡は


「はい、その時は鬱陶しく思いましたけどね。

でもまあ、母親って自分が産んでますから。

分身が怖い思いしないように、って

ずっと思うんでしょう。


もっと、年取ってから

それで良かったんだと思います。


仕事なんて、なんでもいいんですから。ほんと。

満足できれば。楽な方がいいでしょう。




愛紗は、そう言う言葉を聞いても

まだ実感としては判らないけど。


でも、少しボケたおばあちゃんの心配を

思うと、なんとなく判るような気もした。


近くにいるとあれこれ詮索されるので

鬱陶しくなって逃げたけど。


それも、おばあちゃんはボケてるので

空想が沢山あると思うと。



そばにいないのもひとつの方法だけど。



山岡のように、そばにいないといけない人は

そうしないとならないのかもしれない。



仕事なんて、なんでもいい。



そう思うと、愛紗も気楽になった。



今まで、何を思い込んでいたのだろう、私。


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