第38話 楽しみ

「ま、楽しい事考えよ、旅行とかさ」友利絵は

車の窓開けて。


じゃねー、って

帰った。


結構飛ばしてく(笑)。


ひとりになって、愛紗は

へとへと。



一日でこれじゃあ、と

自分で嫌になるけど。



そんなものだ。



車のドア開けて、乗り込むと

バスが大きかったので、とても軽く感じ


感覚って慣れるんだと、びっくり。



体の外に、あの大きなバスが

着いているみたいな感覚が、自然に

身についていた。




「こんなものなのかな、普通」と

隣のシートにあった、菜由の笑顔を

思い出す。



今は、工場長の石川の奥さんになって

のんびりしてるだろうか。



旅行、一緒に行けないかなぁ。なんて

ふと思うと、なんか、懐かしくなって

メールしてみた。


それから、車を走らせて

ワンルームに向かう。


会社にあんまり近いと、プライバシーなくて

嫌だから(笑)


丘を登って少しの、畠の中の

新築ワンルームを借りた。



深町の家の方角だけど、もうちょっと上で

温泉休暇センター、と言う

公共の宿の近く。



それなので、日帰り入浴は

東山急行は乗り入れバス会社なので

従業員扱いで無料、レストランも

割引が効く。


それで、勤務がきついと

家事が楽、なんてところも

魅力で。



そこに住んだ。



ただ、営業時間内に

殆ど帰れないのは誤算だった(笑)。



ガイドの仕事だと、まあ朝は5時くらい。

終わるのは、普通20時。


たまーに、子供の遠足なんかだと

夕方帰れるけれど。




そういう時とか、平日に休みがあるから

そんな時に来る。



それでも、普段は疲れて

料理どころじゃない。


それでも、寮よりは

楽だった。



なぜかって、古株で結婚しそこなった

婆ちゃんガイドが煩いからだった(笑)。






車を走らせて、部屋に着くと


菜由から返信。




メールありがと。


旅行かー。行きたいね。

私も、鹿児島に帰ってないもの。

式以来。



ついでに行こうかな。



じゃ、またあとで。

亭主の許しが出たら。






と、菜由は

さっぱりしたメール。



いい奥さんになってるのだろうか。



その、休暇センターの少し奥の

分譲別荘地を買った。


不動産は底値だし、別荘地で

自治会がなく、共益費で

ガードマンが付いている。


のは、その別荘地は

元々、休暇センターが

老人ホームに隣接していて



老人向けケアホームのつもりで作ったが

さっぱり売れず(笑)。一般にも売ったと

言う訳。




それで、なんとなくバリアフリーとか、

ホームエレベーターとか

要らないものがあるので

別荘地を欲しがるお金持ちに売れず

格安物件だったと言う事。



ここを見つけたのは、深町の同期入社の森川

だった。


彼は、まあ、奥さんと住んでいるが


内緒のガールフレンドが3人くらい居るので(笑)


ここに居るのかどうかは知らない(笑)。





ひとり、部屋に戻る。


3階マンションなので、エレベーターはなく共益費なし。



それで決めたのもあった。



家賃5万は、勿体ないと思うけど


気楽。



3階の真ん中、中央階段なので


割と静か。



角部屋のように、夏暑い、冬寒い事もない。



緑が一杯な周囲で、なんとなく故郷を

思い出すあたりも、気に入ってた。



コンクリートを現場で打って、しっかりした鉄骨造りなので


そのあたりも気に入っている。




部屋に戻って、なんか解放された気持ちで

制服を脱ぐ。


ここは、マンションでは珍しく雨戸があって

鍵も掛かる。


防犯も大切だ。



そうして、閉じた雨戸と

カーテンも閉め、制服を取る。

ネクタイは、夏はしなくていいのだが。


6月から。




今は、赤いネクタイである。


男子と同じデザインで、女子用の

蝶ネクタイと丸い、婦人警官風の制帽もあるが


それではなく、男子と同じものを選んだ。



なんとなく。



それでも、ズボンを脱いで

上着を取り、シャツだけでソファーに座った。木の床に、ラグを敷いて

そこに布団で寝ているのは、なんとなく習慣。


ベッドって、どうも苦手だ。





のんびりして思う。



今日、いろんなことがありすぎて。


疲れた。



いろいろ思う。


友利絵の話がやっぱり衝撃的だった。

自分なら、そうなったら

そんな事できないと思った。



それで、仕返すお父さんも怖いけど。



法的に制裁する深町も怖い。



正義ってなんだろう?



まあ、友利絵のお父さんは

義憤がある。



深町は、でも


それで、岩市を会社から追い出していいのだろうか?



などとも思ったりもするけれど


深町は追い出した訳でなく



法的な正当性を、司法に求めただけだから

悪意はない。



悪い事をしている岩市が、やっぱりダメなのだ。



暴力で報復するのではなく、国の法律に

根拠を求めるのは、安全なんだろうと

そうは思った。


でも。



被害にあってからでは、女の子って遅い。




「やっぱり、帰ろかな」



故郷でなく、少し離れた。



「そうだ!菜由の故郷とか。」


確か、鹿児島の、どこだったか。

指宿だったか、枕崎だか。


あの辺りなら、いいかも。



「九州だったら、でも、他にも」



社員手帳を見る。


熊本、大分、小倉、長崎。


「あ、そうだ。大分におばさんが居たっけ。

確か、国鉄の駅で委託駅員の」



無人駅の、住民の便宜のために

自治体が、国鉄に頼んで

切符とか、定期を売る人を駅に置くのだけど



その一人。

元々旦那さんが国鉄の駅員だった。



旦那さんと一緒に、駅に住んでいたのだけど

無人駅になる時に、委託になったと聞いた。



「あそこもいいなぁ」


山奥の豊かな所で。確か、コミュニティーバスも走っていた。


マイクロだったから、運転は楽だろう。



「どこだっけ、由布院?」


だと、やまなみハイウェイや

九州横断バスも乗れるかも。



そんな風に、想像してると

研修も楽しみになってきた(笑)。


気持ちって面白いものだ。

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