拝啓、天邪鬼なクール文学系黒髪美少女の月見さん。月がとても綺麗ですね。
惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】
~前編~
『―――私ね、"月が綺麗ですね"っていう言葉がこの世で一番嫌いなの』
僕たちが通う高校の図書室。たった二人しかいない放課後に目の前の長い黒髪を持つ美少女は唐突にそう言い放った。その特定の言葉は明治・大正を生きた有名小説家、
六月の初夏。彼女は一度も僕の瞳を見ようともせず、窓から差す茜色の夕陽を一身に浴びながら物憂げな表情をして
……僕は、こんなにも彼女を見つめているというのに。
「…………。へぇ、それは初耳だ。因みに僕が今その言葉を言ったらどうなる?」
『別にどうもしないわ。ただ貴方に対する塵ほど無いにも等しい好感度がさらに地に落ちて路傍の石ころと同じになってしまうかもしれないわね?』
「それは困るな。なんとかキミの好感度を維持、それか満天の星空に届くようにしたいのだけれど」
『
ころころと詠うように喋って、ようやく彼女は僕を見た。
笑っているような、嬉しいような、悲しそうな、嘲笑うような……。彼女のその限界まで細められた瞳の複雑な色は、とてもではないが僕では表現できなくて背中がかゆくなってくる。
この儚げな雰囲気をこれでもかと醸し出している少女の名前は
因みに月見さんは名前とその整った容姿から学校中の生徒から『月の女神』なんて呼ばれているのだが、そんな清楚風な容姿とは裏腹に少し……いや、かなり
窓側に佇む彼女は一度視線を外すと再び椅子に座る僕の方を見遣る。そして表情を歪ませて
『ねぇ、もう図書室に足を運ぶのはやめて欲しいわ。はっきり言って貴方の鯖顔なんてもう見たくないのよ』
「ふ、月見さんと逢えるなら僕は空を泳ぐ鯖になってもいいくらいだよ。だってキミ、読書と蒼空を見つめるのが好きだったろう?」
『
はぁ、と静かに溜息を吐くと月見さんは再び窓の景色を見遣り、その艶やかな長い黒髪を白魚のような細い指でくるくると巻いた。本人が言うには確か、月見さんが退屈を感じているときによくする仕草の筈。
……そっか、また彼女を笑顔にすることは出来なかったか。
「……ねぇ月見さん」
『なにかしら?』
「―――どうして、キミは
そうして僕は改めて制服姿の彼女の全身をじっと見つめる。隠すことの出来ない美貌とスタイル、そしてその足元の部分はうっすらと透明に透けていた。
そう、この図書室にいる彼女は何故かこの世に実体を持たない『幽霊』となっていたのだ。
『その言葉には語弊があるわ。正確には私は"死んだ"のではなく"
「あぁ、ごめん。約一か月前の放課後にこの学校の階段から不注意で足を踏み外して転落。意識不明の状態で救急車で病院に運ばれ、頭部外傷による脳内出血という医師の診断。そしてほぼ回復する状況は見込めない、だったね…………」
『考え事をしてて階段の足を踏み外すなんて人生の汚点よ。きっと今頃私の身体は、生命維持の為に人工呼吸器を取り付けられて病院のベッドで死んだように横たわっているのではないかしら。こうして元気に生きてるけれど』
「笑えないし月見さんってたまにアホだよね」
世間一般的には今の月見さんは確実に元気ではないと思う。なにせ入院している彼女の身体は極めて死んでいるに近い意識不明の重体だ。……まぁこうして幽霊として存在する本人としては元気なんだろうけれども。
月見さんは一瞬だけ眉を
『こほん、そもそも疑問なのだけれど。どうして貴方は私のことが見えるのかしら? 私がこうして霊体になって図書室に居付く様になっても生徒も教師も図書室にいる私に気付きもしなかったのに』
「きっと愛じゃないかな?」
『呪うわよ?』
「キミに呪われるのなら大歓迎だ」
『…………。馬鹿ね。私は貴方のそういう
「僕は毒舌だけど自分の意見をはっきりと言うキミのそういうところが気に入ってるけどね。あと本を読んでいるキミの姿が好きだった」
僕がそう言うと月見さんはぷいっと窓の向こうの景色に目を遣る。残念ながら僕の座る位置からは彼女の表情は見えなかった。もちろん、幽霊ゆえ窓のガラスにも映らない。
因みに幽霊になった彼女が視えるのは僕自身分からない。今まで霊感なんてさっぱりなかったし、漫画でみるような実家が神社やお寺、ましてや霊媒師の家系という訳でもないのだ。なのに、僕には彼女が視えている。
となれば、僕が考えられる可能性は一つ。
(あながち、愛っていうのは間違ってないとは思うんだけどなぁ……)
しばらく無言が続いた。きっと彼女は僕が
……僕は至って本気なんだけどな。
「怒らないでよ月見さん」
『怒ってないわ』
「嘘、怒ってる」
『本当に怒ってないわ。ただもう、読書する為に大好きな本に触ることすら出来ない事実を貴方の言葉で思い出して嘆いているだけよ』
「あぁ、そっちかぁ……」
内心ほっとする。好意を口にして何度も呆れられるのは慣れていたが、彼女が怒っているとすれば話は別だ。月見さんにとって俺への好感度は塵にもないに等しいらしいがなるべくならこれ以上嫌われたくない。寧ろ好きになって欲しい。
なにせ、彼女は俺の初恋の人なのだから。
『何を安心しきったまな板の上の鯖顔をしてるのよ。綺麗に
「鯖だけに?」
『毎日小説を読む為に図書室に通っていたこの私
「すごい早口」
いつもの凛とした声で滅茶苦茶早い声で
後ろ姿なので月見さんの表情は全く見えないも耳が若干赤くなってる。……ん、ん、これは図星だったから指摘されて恥ずかしがってるという解釈でオッケー?
は? だとしたら可愛いかよ月見さん。
そうしてしばらく彼女との会話を楽しんでいた僕だったけれども、窓の景色を
いつの間にか夕日が沈んでいた外の世界は、黒く染まりかけていた。
『もういい加減自宅へ帰りなさい。これ以上遅くなると、きっと貴方のご両親も心配するわ』
「あぁ、それなら心配しなくてもいいよ。僕の父さんと母さんは、もうこの世にはいないから」
『………………そう』
幾分かの後悔と罪悪感が混じった声でそう彼女は呟いた。
両親は僕が小さい頃、相手側の居眠り運転の交通事故で突然亡くなった。物心つく前だったから仏壇の写真でしか二人の顔を知らないわけだけれども、それでも僕を引きとってここまで育ててくれた母さんの姉……
勿論朱音おばさんには感謝しているし、両親がいつも側で見守ってくれていると信じている。だから、そんな顔をしなくてもいいんだよ、月見さん。
「大丈夫、僕は寂しくないから! あ、そういえば明日は土曜日だね。ちょうど学校休みだし暇だから月見さんのお見舞いに行かせて貰うよ。何か欲しい物とかある?」
『貴方いつも暇じゃない。…………特にないわ。しいて言うならミステリー小説が読みたいわね』
「わかった。明日お見舞いに行く前に書店に行ってそれとなく探してみるよ。意識が回復したらすぐ読めるようにね」
『……………………ほんと、貴方って人は』
彼女は小さな声で何かをぽつりと呟くと、その綺麗な髪を片手で再びくるくると巻いた。表情は
僕はそんな彼女を不思議に思いながら訊ねる。
「ん、ごめん。さっきなんて言ったか聞こえなかったや。もう一度聞かせてくれる?」
『
「月見さん、何故かこの図書室から一歩も出られないもんね。でも具体的には?」
『貴方の貧相な
「こっわ」
彼女は凍える様なとても冷たい目で僕の大事な部分を見下した。思わず下腹部がきゅっとしました。
「じゃ、そろそろ月見さんの言う通り僕は帰ろうかな。寝坊して面会時間が過ぎたなんて目にも当てられないからね」
『…………そう、せいぜい暗い夜道には気を付けて帰りなさい』
「そんな物騒なフラグ立てちゃダメだよ月見さん」
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