南麟帝本紀 第2章 7
拾壱月
例年は拾弐月下旬にメルリース公爵家は揃って王都にある公館に移り、王都で新年を迎えていた。メルリース公のみならず、三公五侯の重臣たちは国王に新年の挨拶を行い、その後催される国王主催の新年の宴に出席せねばならなかったからである。挨拶は公と公妃のみが行い、新年の宴にはキャラやアレクシスも同席していた。
ところがこの日、王都の公爵から文が届き、公爵はそのまま新年まで公館に居ることが知らされた。家宰や使用人がいるとはいえ公爵を一人で住まわせるわけにも行かず、とりあえず公妃のヴァレンティーヌは拾弐月初頭に公館に入ることとなった。
キャラも一緒に先乗りしても良かったのだが、王都に早く行ったとて仲の良い友人がいるわけでもなかったので、キャラはアレクシスと共に例年通り拾弐月下旬に上都することとした。公爵不在の間はアレクシスが領内を取り仕切ることとなったので、アレクシスは先乗りできなかったのである。
「と云うことで、私たちは拾弐月下旬に移動するからね」キャラがレーラに告げた。「私の方はたいしたことないから、母様の荷造りの手伝いをしてあげてね」
拾弐月
拾弐月に入ると、公邸の中は慌ただしくなる。年末までにすべきことと、領内で行う新年会の準備は毎年のことだが、今年は公爵と公妃のいつもより早い荷造りがあったため、邸内はいつにも増して
レーラも公妃の荷造りや邸内の諸事にかり出され、邸内でもっともやることのない公女はこの日、暇を持て余して、セルディが訓練しているところをぼーっと眺めていた。場所は公邸の裏庭で、他に人はいなかった。
「ねえ、セルディ」セルディの動きが一段落したことを見て取り、キャラは声を掛けた。「あなたの<光速の秘剣>だけどさぁ」
「は? なんですか、こうそくのひけんって」
「私が名付けたのよ。かっこいいでしょ」
「かっこ、いいんですかね。よくわかりませんが」
「とにかく、あの兄様に褒められてた高速の剣だけど、あまり人目に晒さない方がいいわよ」
「と云われましても、親衛隊の隊士たちと訓練することもありますから」
「親衛隊には他にも御前試合に出る人がいるんでしょ。その時は敵になるのよ。今から手の内をさらしたら、対策をたてられちゃうじゃない」
「なるほど、そうですね」
キャラは呆れて、最近気を付けていたしとやかさを忘れて云った。「あんたって、そういうところが抜けてる、っていうか、そもそも勝つ気はあるの?」
「成年の部に出場するのは初めてですからね、胸を借りるつもりでいきます」
キャラはひとつため息を吐いた。「あんたは私の専任衛士なのよ!? みっともない戦い方したら、承知しないわよ!」
「は、承知しました!」
思わず背筋を正して敬礼をするセルディであった。
拾弐月
キャラは、アレクシス、レーラ、セルディらと共に公都メルティアを出立した。王都セイランスまでは、馬車でおよそ1日半の道のりである。
「今日はアルタイルまで行って、そこで1泊するらしいわ」キャラが、初めて王都に向かうレーラに説明した。「明日の夕刻前にはセイランスに着くはずよ」
「どんなところか、楽しみです」
拾弐月
「え、カティとは一緒に見られないの!?」
王都のメルリース公館に入って両親と再会し、その日の晩餐の時である。キャラは思わず大きな声を上げた。サーク男爵家が弐拾漆日に王都に入城することは良いが、御前試合の観覧席は爵位によって見る場所が決められていると聞いたからである。
「我々三公家は王族の方たちのすぐ隣になる」メルリース公爵が説明する。「その隣には五侯爵家が、伯爵以下は一段下の一角になるのだ」
「お互い年始の準備に忙しいのだから、カティと会うのは御前試合の後にしてね」
ヴァレンティーヌ公妃の言葉に、キャラは膨れて云い返した。「それって、結局新年の
「カティは
「いや、お母様、そうではなくて……」
「キャラ、決まっているものは仕方ない、諦めるしかないよ。それはそうと、セルディはどんな様子かな?」
「毎日、鍛錬はしているみたいだけど、いよいよ王都に入って、緊張し出した。みたいですよ。全勝すれば、お兄様と戦うことになるんですよね」
殿堂入りしているアレクシスは、勝ち抜き戦で優勝した者と対戦することになっている。
「勝ち抜いてくることを期待している、と伝えておいて」
パンディラ暦一二五年 大晦日
年末の一連の行事――王族らと共に王族の宗廟を参詣するのが、最も大がかりで(キャラにとって)面倒な行事だった――をこなしている内に、ついに大晦日を迎えた。(キャラにとって)激動の年の最後の日である。
そして、その日は御前試合の日でもあった。そのために、新年会の準備は昨日までに済ませているし、今日の午前中は湯浴みから身支度までバタバタとしていた。王族の前に出る以上湯浴みは欠かせないし、装飾が多い衣装を着ることはレーラを含めて三人がかりの大仕事であった。
王立の闘技場まで馬車で出掛け、遠い席からでしか観覧できない御者やレーラたち侍女と別れて、メルリース公爵ご一行は決められた席を占める。
「こら、キャラ、キョロキョロしない」
アレクシスにたしなめられるくらいの挙動でカティの姿を探すが、上級貴族の席が前に張り出しているため、その陰に隠れて下級貴族の席は見えなかった。
着座する前に、隣に陣取るルノア公爵一行に挨拶をする。それだけならいいし、必要かと思うが、五侯が順番に挨拶に来て、その度に立ち上がったり座ったりするのが、(着慣れない服を着たキャラにとって)面倒だった。
午後の一点鐘が鳴り、王族一行が入場してきた。仮の玉座の前に立つと、国王アンティウス2世は開会の辞を告げる。
こうしてセイランス市民、いやセイランの全国民が注目する最大の
本人の試合が始まる前に、キャラはセルディ・サン・クラリスに会うことができた。選手控え室の一室に居たが、さすがに緊張を隠しきれない様子だ。
「いいこと? 最初の内は<閃光の秘剣>は使わずに温存しておくのよ」
「その名前、なんとかなりませんか?」
セルディの都合十回目の抗議を聞き流して、「前にも云ったかもしれないけど――」と云いながら、キャラはビシッと右手の人差し指でセルディを指した。
「セルディ・サン・クラリス。あなたは誰の専任衛士?」
セルディも居住まいを正して答える。「私はキャリアンティーヌ様の専任衛士であります」
「騎士団長級の方々も参戦するこの成年部で優勝しろとは云わない。ただし、あなたが
「はい、キャラ様の衛士として恥じぬ戦いをいたします」
云ってから、セルディはわずかに相好を崩した。
「なによ?」
「いえ、カティからも同じようなことを云われました」
「カティに会ったの!?」
「いえ、手紙でです」
「私にはそんなことは1ミリも書いてなかったわ」
そりゃ、そうでしょう。そう思いながら、セルディはいつしか緊張が和らいでいることに気付いた。
「キャラ様、そろそろお席に戻りませんと」控え室の扉をそっと開き、レーラが顔を覗かせて云った。
「そうね、いま行くわ。それじゃ、セルディ、怪我には気を付けるのよ」
「はい、ありがとうございます」
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