第53話
マンションまでの道のりを、ひまりは珍しい相手と共に歩いていた。琉球紅型柄のエコバッグは特徴的で、後姿で誰か分かってしまう。
学校からの帰りを、まさか晴那の母親と共に歩く日が来るとは思わなかった。
「ひさしぶりだね、元気してた?」
「見ての通り元気ですよ」
「よかったさあ。最近ひまりに会えてなかったから心配してたんだよ」
いつも、夕ご飯にひまりを呼ぶのは晴那の役目だった。
その彼女がいない今、お互いが遠慮をして中々会うことが出来ずにいたのだ。
晴那の母親は、本当に優しい人だ。
おっとりしているが気が弱いわけではなく、思ったことはハッキリ言う。
マイペースだけど確かに芯がある姿は、晴那とまったく同じだろう。
「最近うちでご飯食べてないでしょう?よかったらどう?」
「お邪魔じゃなければ……」
「なんでさ、寧ろ来て欲しいよ」
手招きをされるままに、およそ一週間ぶりに島袋家へと足を踏み入れる。
もちろん、そこに彼女の姿は無い。
「作るの面倒くさいから沖縄そばにするね」
「簡単にできるんですか?」
「作り置きしてるからね、麺茹でれば出来るさ」
宣言通り、10分もしないうちに沖縄そばは完成し、晴那の母親と二人で食卓を囲む。父親は、今日は遅くまで店舗で働いているらしい。
優しい晴那の母親は、自分の母親とどことなく面影がある。
ひまりは父親についていったけれど、懐いていたのは母親だった。
どちらも好きだったけれど、選べと言われれば答えは決まっていたのだ。
仕事人間の父親は学校行事にも滅多に来てはくれなかったため、母親と過ごす時間の方が必然的に長かった。
そのため、当然湧いてくる情もそちらの方が大きかったのだ。
「美味しいです」
「本当?あのさ、晴那がひまりの家で食べたボンゴレパスタが美味しかったって言ってたんだけど、レシピってあったりする?」
「まったく同じのかは分からないけど、似たやつだったら知ってますよ」
以前ネットで検索した時に保存したレシピのURLを教えてあげれば、晴那の母親は嬉しそうにお礼を言っていた。
「美味しいって何回も言うから、ずっと作ってあげたかったの」
その姿に、自身の母親の面影を重ねてしまう。
あの日、ひまりも母親の方へついていったら、あの広い家でひとりぼっちになることもなかったのだ。
娘想いの彼女の姿に、つい母親が恋しくなってしまう。
「帰っきた時に、少しでも喜んでもらいたいから…あの子、ずっと元気なかったの。晴那…学校でいじめられたりしてない?」
「友達もできてきて、楽しそうでしたよ」
「そう…本当に、ひまりには感謝しかないの。家でも口を開けばひまりひまりって、嬉しそうに話してたから…」
「なのに、どうして沖縄に行ったのかしら…」と、彼女は確かにそう口にした。
無意識に言ってしまったのか、自身の発言に気づく気配はない。
表情を変えぬまま、当たり障りのない言葉を返す。
行方知らずだったあの子の居場所を、ようやく知りえたのだ。
どうして、沖縄にいるのか。ちっとも分からないが、きっと向こうであれば親族も沢山いるだろうから、危険な目にはあっていないだろう。
だけど、なぜこの中途半端な時期にわざわざ故郷へ戻ったのか。
どれだけ考えても分からない問いに、ひまりは頭を悩ませていた。
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