第20話
先を歩く彼女の後を、晴那は慌てて追いかけていた。
自分のために、あんなにも感情を剥き出しにして怒ってくれたひまりに、伝えたいことが沢山あるのだ。
「待って、ひまり」
「ついてこないで」
「庇ってくれたの本当に嬉しかった、ありがとう」
背中に声を掛けても、一向に振り返ってくれる気配はない。
より一層強い声で、彼女の名前を呼ぶ。
「ねえ、ひまり」
「…悔しくないの?」
その声は、か細く震えていた。
ようやく足を止めてくれた彼女の前に回り込めば、悔しそうに涙を浮かべているひまりと向き合う。
慌ててハンカチを手渡せば、ひまりは雑な手つきで自身の目元を拭っていた。
「あたしは悔しい。あんたは良いやつで、あんな奴らにバカにされるような子じゃないのに好き勝手言われて…」
「ひまり……」
「何にも知らないくせに…っ」
どうしてひまりが泣いているかなんて、簡単なことだ。
晴那のことを、想ってくれている。
晴那のために、晴那以上に悔しがって涙を流してくれているのだ。
自分のことを、自分以上に思ってくれている人がいるなんて、これ以上に幸せなことなんてないだろう。
だからこそ、変わらなきゃいけない。晴那のために。晴那を思ってくれている人のために、このままじゃダメなのだ。
そっと、体を引き寄せ抱きしめる。
突っぱねられると思ったのに、ひまりは抵抗することなくされるがままだった。
彼女の首元に顔を埋めながら、背中に腕を回してギュッと力を込める。
「…私、もうちょっと頑張ってみるよ」
変わらなきゃいけないのだ。
東京に馴染もうと、ふわふわとした努力をするのではなく、今のコミュニティに馴染めるように頑張らなくてはいけない。
東京の人だからと壁を作るのをやめて、相手から来てくれるのを待つんじゃなくて。
自分から歩み寄らないと何も変わらないのだと、そんな当たり前のことに彼女のおかげでようやく気づくことが出来ていた。
帰りのホームルームを受け終えて、晴那はさっさと自身の荷物を片付けていた。
これから由羅の家に行くため、彼女と靴箱で待ち合わせをしているのだ。
忘れ物がないかチェックをして席から立ち上がろうとすれば、自身の目の前に影が差し込む。
「島袋さん…」
声を掛けてきたのは、先程晴那の悪口を言っていた女子生徒だ。
こちらに対して良い印象を抱いていない相手と対峙して、つい怯みそうになる。
しかし、このまま逃げていても何も変わらないままなのだ。
「あの、私島袋さんの悪口言ってごめ…」
「謝らないで」
彼女からの謝罪を遮るように、言葉を被せる。
驚いたような顔をしている女生徒の名前を呼ぼうとするが、どれだけ頭を捻っても出てこない。
そういえば、このクラスでちゃんとフルネームを知っているのはひまりだけだ。
皆んな、余所余所しいけれど晴那の名字は覚えてくれている。
歩み寄ろうとしなかったのは、晴那も一緒だ。
「私、花粉症でずっとマスクしてたし、方言出るのも恥ずかしくて下ばっかり向いてたから…気味悪いなって思われても、仕方ないと思う」
しっかりと、相手の目を見て話す。
クラスメイトと、ちゃんと目を見て話すのも初めてかもしれない。
ずっと、人見知りを言い訳にして、逃げてばかりいたのだ。
「だからその…上手く言えないんだけど…あ、名前知りたい」
まずはそれからだと思って言えば、女子生徒はかなり意外そうな表情を浮かべていた。
「
「沙月ね、私も人見知りしないように頑張るから…よ、よろしく」
最後の方は知り窄みになりながら言葉を紡げば、沙月は恐る恐ると言ったように声を紡いだ。
「私、あんたのこと虐められればいいのにって言ったこと忘れたの?」
「覚えてる…そりゃあ、ショックだったけど…」
「ごめん」
謝らなくていいと言ったのに、沙月は真剣な様子で謝罪の言葉を口にした。
「やっぱり、言わせて。転校生ってだけで色々大変なのに、そこまで気を回せなかった…嫌なこと言ってごめん」
「いいって…あ、けどひまりの好きな人探すのは良くないと思う。沙月だって自分の好きな人根掘り葉掘りされたらいやでしょ?」
「うん…」
沙月がの目つきが、先ほどの更衣室の時とは全く違う。
それはもしかしたら、晴那も同じかもしれない。
お互いが珍しい珍獣を見るかの如く、遠目で見て勝手なイメージを作り上げていた。
だけど話してみればお互い同じ人間で、そこまで壁を作る必要だってなかったのだ。
「なんでひまりちゃんが晴那ちゃんのこと気に入ってるのか、分かった気がする」
ひまり以外のクラスメイトから、名前で呼んでもらえたのは初めてだ。
そんな些細なことに、大きな幸せを感じてしまう。
「何か困ったことあったら言ってね」
またねといって、小さく手を振られる。
晴那も笑みを浮かべて、同じように手をふり返した。
心の温もりを感じながら今度こそ帰ろうとすれば、机の上に丁寧に畳まれたハンカチが置かれる。
先程、晴那がひまりに貸してあげたものだ。
「これ、返す」
ハンカチの上には個包装されたキャンディーが3つ置かれている。
鞄に仕舞い込もうと手に取れば、ひまりは去り際にポツリと小さく言葉を落としていった。
「……良かったじゃん」
きっと、耳を澄ませていなければ聞こえなかった。照れ臭さから、敢えて聞こえないかもしれない音量で言ったのだろう。
本当に素直じゃない、不器用なあの子らしい。
これも全て、ひまりのおかげだ。
もうあの子を泣かせないためにも、これから少しずつ頑張っていこうと、自身を鼓舞していた。
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