第19話


 風呂から上がって、晴那はドライヤーもせずに動画配信サイトに夢中になっていた。


 海外ドラマのもので、毎週木曜日に更新されるためとても楽しみにしているのだ。


 画面に見入っていれば、通知アプリが連絡をくれる。一度中断してアプリのトーク画面を開けば、そこには由羅からメッセージが届いていた。


 『検査したら病気もってなかったよ。去勢施術も今度受ける予定』


 同時に猫の画像も一緒に送信されている。心なしか毛並みの良い姿に、思わず安心してしまう。


 由羅の家で、この子は目一杯可愛がってもらえるのだ。


 『本当にありがとうございます』

 『いいって。けど、猫ちゃんと会えなくなって晴那ちゃん寂しいんじゃない?』


 我儘になってしまうため黙っていたが、由羅の指摘通りなのだ。

 あれほど一緒にいた分、別れるのは当然名残惜しい。


 中休みでひとりぼっちのとき、いつも寄り添ってくれたのはこの子だけなのだ。


 もう会えないのだろうか。寂しさに包まれていれば、由羅から新たにメッセージが届く。


 『良かったら明日、学校が終わったらうちくる?』

 『いいんですか?』

 『もちろん。この子も晴那ちゃんに会えたら嬉しいはずだよ』


 自然と口角が上がっていくのがわかる。

 あれほど楽しみだった動画配信もそっちのけに、晴那は猫に会えること、そして由羅の家に行けることに胸を躍らせてしまっていた。






 お昼ご飯を食べ終えた午後の授業はいつも眠さと戦う辛い時間だと言うのに、今日の晴那は違う。


 6時間目の体育の授業は得意なマット運動ということに加えて、帰りのホームルームさえ済ませてしまえば由羅の家へ行くお楽しみイベントが待っているのだ。


 「じゃあ、今日はここまでな」


 担任である女教師の声を合図に、皆更衣室に向かう。

 一度お手洗いに立ち寄った後晴那も更衣室に入ろうと手を掛ければ、中から聞こえてきた会話に思わず動きを止めた。

 

 「てか、この前の手紙止めたやつ誰?」

 「島袋さんらしいよ」


 この前の手紙とは、ひまりの初恋の相手を賭け事にした手紙のことだろう。

 腹が立ったため丸めて捨ててしまったのだが、どうやらそれについて話しているらしい。


 ひまりは今日日直だったため、日誌を書いてもらうために教師の元へ出向いているはずだ。


 優しい彼女の耳に入らなかったことにホッとしつつも、中から聞こえてくる会話に釘付けになってしまう。


 「マジでノリ悪い。沖縄の人ってみんなああなの?」

 「しらなーい。てか、相変わらず喋んないよね」

 「ちょっと美人だからって調子乗ってるんじゃないの」


 美人とは、晴那のことだろうか。

 思わぬワードに、傷つきよりも喜びの方が優ってしまう。

 生まれてこの方美人と褒められたことはあまりなく、前回のブスと罵られるよりは全然良い。

 

 悪口を他所に密かに喜んでいれば、背後から声が掛かった。


 「シマ、入んないの?」


 日誌を片手にした、体育着姿のひまり。

 ドアノブを掴んだまま立ち尽くしている晴那を見て、訝しげな表情を浮かべていた。


 何て言い訳しようかと悩んでいれば、盛り上がり始めたのか先程よりも大きな声で、更に悪口がヒートアップしていく。


 「お高く纏ってるよね」

 「わかる、誰か島袋さん虐めてほしい」


 隣にいるひまりが見る見るうちに怒っているのを肌で感じる。

 自分に向けられる酷い言葉よりも、見たことがないくらい怒りをあらわにしている彼女が気が気でなかった。


 「ひま…」


 名前を呼び終わるより早く、彼女が更衣室の扉を開く。

 そして、躊躇うことなく室内に足を踏み入れて、晴那の悪口を言っていた女子生徒の前で足を止めた。

  

 「ひまりちゃん日直おつ。なんか機嫌悪い…」

 「あんた、ぶん殴られたいの?」


 酷く冷たい声色に、慌ててひまりの元まで駆け寄る。

 先ほどとは打って変わって、更衣室はシンと静まり返っていた。


 声色からして、彼女が1番酷い言葉を吐いていた人物だとひまりは判断したのだろう。


 気まずそうに、その女生徒は目線を彷徨わせている。


 「転校して、友達も知り合いも一人もいない中であんだけ頑張ってる子に対してよくそんな事言えるよね」

 「けど、島袋さん全然喋んないし、取っ付きづらいじゃん…」

 「だったら虐めてもいいってわけ?」


 その言葉に、女生徒は何も言い返さなかった。グッと下を向いて、俯いてしまっている。


 「大体あんたさあ…」

 「もういいって、ひまり」


 彼女の瞳にジワジワと、涙を浮かべ始めたのに気づいて、晴那は思わず仲裁に入ってしまっていた。

 しかし、ひまりはまだ納得がいってない様子だ。


 「こいつ自分で手は汚したくないから、他の奴にシマを虐めさせようってけしかけてたんだよ?それ分かってる?」

 「…分かってる。私のためにひまりが怒ってくれてるのも、ちゃんと全部分かってるよ」


 しっかりと目を見て言葉を続ければ、ひまりは大きく舌打ちをした後、体育着のまま更衣室を出ていってしまった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る